第42話 返却


 昴は家から出て来てはくれたが、やはり七森を知らないと言った。

 旧校舎での肝試しのことや呪いの話をしても、怪訝そうにな顔をする。


「本当に、覚えていないんですか……?」

「わからないと言っているじゃないですか。これ以上しつこいと、警察を呼びますよ?」


 本当に、全く覚えていない。

 旧校舎の肝試しは、映像は見たがあれは自分で用意したもの。

 父の白骨遺体を見つけたのは、カメラの撤去をした時に自分で偶然見つけた。

 小宮が死んだのは、犯罪が明るみに出たことによる自殺でしかない。


 呪いの話なんて知らない。

 幽霊なんてそんなものいるはずがないと……それすら否定する。


「わ……わかりました」


 七森を不審者扱いして昴は家に戻り、ガチャリと玄関ドアの鍵がかかった音が響く。

 どうなっているのかと、しばらく立ち尽くしていた七森。

 昴が嘘をついているようには思えなかった。


 唖然としていると、七森のスマホに警察から連絡が入る。

 笹原に盗まれたあのネックレスを返却したいとのことで、今どこにいるか聞かれたのだ。


「あ……えーと、すぐ近くにいるので、こちらからお伺いします」


 七森はそれどころじゃないのに……と思いながら、警察署でネックレスを受け取ると首にかけ、家に帰った。

 相変わらず、ルームシェアをしているはずの環の姿はそこにない。

 まだ、事務所にいるのだろう。


『まずは君が何者なのか教えてくれないかな? そうしたら、僕が人間かどうか教えてあげるよ』


 聡のことや笹原の遺体が見つかったことなど色々あって、七森は環に直接聞けていない。

 実家に帰る前は、気になっていたことだった。

 人とあやかしを間違うくらい、はっきりと見えている自分には環は人間に見えていたのだけど……


「やっぱり、人間じゃないんだ。でも……それなら————所長も、あやかし……なのか……?」




 *



 誰もいない、とある食品会社のロッカールーム。

 従業員専用のロッカールームの鍵を、次々と開けて行く男。

 指紋がつかないように手袋をして、財布やアクセサリーなど、お金になりそうなものはないか物色していた。


「ちょっとでも逃亡資金を稼がないと……本当に危ないからな」


 まさか、それが会社の社長であるなど誰も思わないだろう。

 男はギャンブルで借金を作り、会社の金に手を出して、さらに従業員や客からも盗みを働いていたのだ。

 もう今月の給料も払えない。

 取引先への支払いだってできない。

 会社は倒産する。


 逃げるために、その資金を作るために従業員が働いている間に忍び込んだ。

 それに、今ちょうど健康診断のバスが来ていて、身につけている貴重品をロッカーにみんな入れている可能性がいつもより高い。

 さすがに毎日こんなことをしていたら、バレてしまうため月に何度かしかやっていなかったが、もうバレたって構わない。

 明日から逃亡生活が始まる————最後の悪あがきだ。


 従業員の財布から小銭だけ残して現金を次々抜き取り、満足げに数える。

 キャッシュレスの時代ということもあって、若者は現金をほぼ持ち歩いていない。

 しかし、ある若い従業員のロッカーの中に、とても高価そうなネックレスがあった。


 ネックレスについているその緑色の小さな石は、キラキラとまるで自ら光を放っているかのように輝いていて、不思議な魅力がある。

 引き込まれるようにじっと見つめ、これはきっと価値がとてもあるものに違いないと懐に入れた。


 売ればいくらになるだろうか……

 期待に胸を膨らませ、男は盗みを働いた後、何食わぬ顔で社長室に戻る。


「あ、笹原社長、お疲れ様です!」

「ああ、お疲れ」


 すれ違った部下に、妙に膨らんだ腹を見られていないか内心不安になりながら笑いかけた。

 それから少しして、従業員たちが騒ぎ出す。

 若い従業員のネックレスがなくなったと。


「なんだって? それは大変だな……どれ、俺も一緒に探そう」


 なんて、見つかるわけがないのに探すふりをして、この日の夜、男は金目のものを全て持って逃走した。


 しかし————


「ああ、なんて綺麗なんだ」


 そのネックレスだけは、どうしても売りに出すことができない。

 これだけ美しいのだから、きっと相当な価値があるものに違いない。

 だが、もし鑑定士に見せて、適切な金額でなかったら?

 鑑定士がどうしても欲しくなって、盗まれてしまったら?

 そう思うと、どうしても手放せない。

 そのせいか、あまり遠くの街までいく資金が作れなかった。


 そこで見つけたのが、とある学校の使われていない旧校舎。

 校長室の古いソファーの上に寝そべり、毎日毎日、石を眺めていた。


 ————ミシッ


「ん……?」


 床が軋むような音が聞こえて、男はソファーから飛び起きた。

 たまに夜になると悪ガキたちが一階の教室の方で何かしていることは知っている。

 しかし、ここまで遅い時間ではない。

 新校舎の外についている時計を見ようと、窓を開けて身を乗り出すとやはり時刻は深夜二時を過ぎ。


 ————ミシッ


 ところが、やはり誰かが近づいて来ているような……そんな音と気配がする。

 窓から差す月明かりと、近くの街灯の光しか頼れないくらい校長室に、何かが近づいてくる。

 誰かが、近づいてくる。


 ————ミシッ

 ————ミシッ


「だ……誰だ!?」


 何も見えない。

 しかし、何かがいる。

 目の前に、何かがいる。


 男は脂汗をかきながら、眠る前にテーブルの上に置いた石を必死に手探りで探す。

 これだけは、守らなければと思った。


 だが、石はテーブルから落ちる。

 床板から飛び出ていた釘にぶつかり、窓から差す光が届く場所へ転がった。


「あ、ああ!」


 ————ミシッ

 ————ミシッ


 拾わなければと手を伸ばす。

 だが、見えてしまった。


 それまで、足音と気配だけしか感じ取れなかったものが。

 異常に大きな顔に、目が一つ。

 体は二足歩行で、人間と同じなのに、腕が何本も体から枝のように生えている。


 見たことのない、化け物だ。


「うわああああああああああああああああ」



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