第40話 先生


 ずっと延期となっていた解体工事がやっと動き出した。

 呪われているだの、幽霊がいるだのと言われて、ここで実際に亡くなった人もいる。

 しかし、それはいつまでもここがきちんと管理されずに放置されているからだ。

 保護者から強く撤去すべきだと要請があり、重機が入る。


 大きな音を立てて、崩れていく旧校舎。

 重機が動く度に、新校舎の方もガタガタと揺れていたが、生徒たちはそれにもすぐに慣れてしまっていた。

 しかし、半分ほど壊された頃、あの白骨遺体が見つかった家庭科室に人が吊るされているのを工事業者が見つける。


「おい!! 人がいるぞ!!」

「なんだって!?」

「うわああああっ!!」


 作業を中断して駆け寄ると、それは天井の柱にロープをくくりつけ、首を吊った大柄の年配男性。

 黒板にはこの男性のものと思われる遺書が書かれていた。


「……また中断か……」

「おいおい……どうなってるんだよこの学校は……本当に」

「それにしても、いつ中に入ったんだ?」

「始める前に無人なの確認したよな?」

「ああ、家庭科室なんて骨が見つかった場所だし、一番に見たぞ?」


 いつ首を吊ったのかわからないが、工事を始める前は誰も気が付かなかった。

 警察が来て、すぐに遺体は回収されて自殺として処理される。

 トラブルがあったが、数日後に解体工事は再開され、旧校舎は今度こそ更地になった。

 この場所には、新たにテニスコートができるらしい。


 その前に、必ずお祓いをしなければと校長は神主に相談しているそうだ。




 *



 昴が明石家あやかし派遣事務所を訪れたのは、七森が呪具を渡した二週間後のことだった。

 晴れやかな笑顔で、昴は受付のオトメに使い終わった呪具を渡す。


「あ、七森さん!」

「ああ、大城先生。うまくいきました……? なんて、聞かなくても良さそうですね」

「ええ、それはもう! 本当に助かりました!」


 すっかり一人で呪い相談も営業も取ってこれるようになった七森は、あやかしを映画の撮影所まで送り届けて、事務所に戻ってくるとちょうどそこに昴がきていたのだ。

 無事に呪いが完成し、小宮は死んだ。

 やっと解体作業が始まった旧校舎の中で。

 遺書が残されていたとして、警察は大城を殺害したことによる自責の念による自殺ということで処理されてしまったが、実際は昴が作った呪いの化け物に殺された。


「ちょうど良かった。実は、もう一人呪い殺したいので、ご相談したかったんですよ」

「もう一人ですか?」

「母です。あの後、やっぱり母が本当は全部知っていたことを知りましてね……」


 昴の母親は、やはり不倫していたのだ。

 小宮は昴の母親と不倫し、さらに、教え子にも手を出していたクズ教師。

 母親も母親で、教え子のことは知らなかったようだが、旦那の親友と不倫をして、その不倫相手が旦那を手にかけたことを知っていながら、再婚したことを知った。


「どちらも最低な人間でしょう? 自分の欲のために人を殺して、あんなところに放置して————解体工事も幽霊が出ると噂を流して度々延期させていたのは母の差金だったみたいで……でも、あまり立て続けに死んだらさすがに怪しまれるでしょう? 何かいい方法はないかなぁと」

「なるほど……確かにそうですね」


 この場合、どうしたらいいのかと首を捻る七森。

 オトメは見兼ねて「タマちゃんに相談したらどうか」と提案した。

 一人前になったとはいえ、まだまだ、七森だけでは解決できないものも多いのだ。


 そうして、七森は昴を連れて所長室を訪れた。

 初めて会う所長がどんな人なのだろうかと、昴は少し緊張する。

 七森だけでも十分頼りになるのだから、きっと、所長さんはもっとすごい人なのだろうと期待して……



「所長、相談があるんですが……」

「相談?」


 所長室に入ると、昴より少し背が高いくらいの細身の男性の後ろ姿があった。

 黒いスーツに黒い髪。

 服装は男性のようだが、なんだか微妙に違和感を感じる。


「はい、前に話した旧校舎の————」

「ああ、七森くんが取って来たあの案件か」


 声が女性とも男性とも取れる声なのだ。

 そうして、振り返ったその顔を見て、その瞳を見て、昴の記憶が鮮明に蘇る。


 日本人には珍しい緑色の瞳。

 吸い込まれそうなほど美しいキラキラとした、宝石のような瞳。

 子供の頃、とても綺麗だと思ったあの瞳がこちらを見て、自然と口から出たのはあの時、昴の見える力をなくした先生のものと同じ。



「————芦屋あしや先生?」


 昴が環の顔を見て、そう呼んだ。



(第五章 了)


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