第39話 特別


 旧校舎で見つかった骨は、警察が調べたところやはり大城のものであることが判明した。

 しかし、もう十五年以上も前のことで、当時大城の同僚で、昴にとっての現在の父親がである小宮が、犯人であると断定する決定的な証拠は見つからなかった。

 母親の方も殺人犯であるはずがないと否定。


 きちんと供養されたことにより、大城の霊は成仏したようだが、実父を殺された昴は、許せなかった。

 目の前に犯人がいるのに、なんの裁きも受けない。

 なんの罪にも問われない。


 それに、母親に関してもよく考えればおかしな点がある。

 母親に小宮を紹介されたのは、大城が失踪してすぐだった。

「お父さんとお母さんは離婚したの。もう会えないの。小宮さんが新しいお父さんよ? 知ってるでしょう?」と、そう言って小宮を連れてきたのはいつもより化粧の濃い母ではなかったか……?

 考えれば考えるほど、父が哀れに思える想像が膨らむ。


「昴……お前が一体、誰から何を聞いたのか知らないが、俺はやってない。お前の父さんとは、大城とは親友だったんだ」

「違う……!! 嘘だ……!! あんたが殺したんだ!! 父さんがそう言ってる!! 父さんが!!」

「昴、まだそんなことを言っているのか? またあれか? 幽霊が見えるとか、そういう話か? お前ももう大人なんだから、そんなことで関心を引こうとするのはやめなさい」

「ふざけるな!」


 激昂した昴は、殴りかかろうとしたが相手は五十を過ぎてるとはいえ、体の大きな男で、叶うはずがなかった。

 逆に親に向かって何をするんだと、雨が降る中家を追い出されてしまった。


 線香をあげに来た七森は、偶然にもその場に居合わせ、泣いていた昴に傘を傾ける。


「どうしたんですか? 小宮先生」

「小宮だなんて、呼ばないでください。私は……僕は……」

「失礼しました。大城先生。何かありましたか?」


 昴は、七森を見上げた。


「父を殺したのは、あいつだって……あの男だってわかっているのに、警察はなにもしてくれない。証拠がないからと、幽霊の証言なんて馬鹿げてると、取り合ってもくれないんです。父の居場所を、この家は、あいつの家じゃない。僕と父の家で……それなのに————なんで、僕が……っ」

「そんな奴は、地獄に落ちるべきですね」

「その通りです……!! あいつが死ぬべきです。何もかも……父から何もかも奪っておいて……」

「復讐したいですか?」

「したいに決まってます。父を殺しておいて、のうのうと生きているなんて……それも、あんな平気な顔で……」


 悔しくて悲しくて、雨と涙が混ざって落ちる。


「でも、僕は教師です。憎いからと、人を殺すわけにはいきません。もう幽霊の見えない僕が、父と同じ教師ですらなくなってしまう……」


 七森は昴の目線と高さを合わせるようにかがみ、尋ねた。


「でしたら、呪い殺しませんか?」

「え……?」

「呪いで人を殺すのは、罪にはなりませんから」



 *



「それで、そのまま呪いの相談を受けて来たの?」

「はい、困っているようだったので……」

「いやー……素晴らしい。実に素晴らしいよ、七森くん」


 事務所に戻り、環に報告すると拍手喝采。

 七森は少し照れながら、どうやって呪うか、なんの呪具を使うか呪具一覧を見て考えていた。


 通常、人を呪う場合はそれ相応の対価が必要となり、体の一部を持って行かれたり、最悪の場合、自らの命が危険に陥る。

 しかし、この明石家あやかし派遣事務所で扱っている呪具は特別なもので、使い方を間違えなければそんな心配もないのだ。


「やっぱり、特別な子は特別だね。君のような特別な力を持って生まれた子供はね、人の心の闇に触れれば触れるほど、その力が増すんだよ」


 環は嬉しそうにニコニコと笑いながら、七森を褒めちぎった。


「君はその中でも特別だ。特別の中の特別。もっと人の闇に触れて、力を強くしてくれよ? その方が、ずっといい」

「俺の力が強くなったら、どうかなるんですか?」

「強い方が、うまいから」

「うまい……?」

「うん……ほら、あやかしや呪いの扱いがね。この仕事をしていくには、その方がいいだろう?」


 環の言っていることはよくわからない。

 でも、とにかく褒められているようで、七森は気分が良かった。


 と言われる度、七森の自己肯定感は高くなる一方で、な力を持つ自分なら、なんでもできると思わせてくれる。

 特別な力を持っているのなら、普通の人間にはできないことに使うのが一番いい。


「ああ、でも、この前も言ったけどね、七森くん。君が人身御供になり損ねたという話は、僕以外の誰にも話してはいけないよ?」

「ええ、わかってますよ。確か、危ないものに狙われるかもしれないんでしたよね?」

「そう、君が特別だとわかったら、その特別な力を奪おうとするのがいるんだ。例えばそう……この前、キャンプ場にいたやつとか。うちに所属しているあやかしとは少し違う感じがしただろう?」

「……そういえば、そうですね。あやかしの皆さんより、どちらかといえば呪いの化け物に近いような気がしました」

「もしも、そういうものと出会ってしまったら、決して目を見てはいけないよ。目を合わせてはいけない。それがどんなに魅力的な瞳でもね」


 この話は、七森の実家近くで環と話した時にも同じことを言われている。

 七森はそういえば、あの夢の中でも、同じようなことを言われたような……そんな気がしていた。


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