第38話 旧校舎の亡霊
七森の目に、あやかしは他の人間や動物と変わらず、はっきり見える。
それも、生きているか死んでいるか、一瞬では判断できないほどに。
日本語を話してさえくれれば、七森はあやかしと会話だってできる。
「俺が見えているなら、頼みがある。助けてほしい」
「た、助ける?」
小宮によく似た、旧校舎の亡霊。
彼は自分の名前は小宮ではなく、
この学校の教師だという。
「正確には、死ぬ前はだが……」
確かによく見ると、小宮より歳が上に見える。
三十代半ばくらいで亡くなっているのだろう。
「ここから出られないんだ。おそらく俺の死体が、ここにあるからだと思うんだが……どうしても、この校舎から離れられない」
大城はずっとこの校舎で、十五年以上も自分の姿が見えて、会話ができる人を待ち続けていた。
「少し見える人間がいても、話せる人間は君が初めてなんだ。頼む、俺を見つけてくれ。助けてくれ。ちゃんと見つけて、供養してくれる人がいないと、俺はずっと……ここから出られない。盆に息子に会いに行くこともできない……」
涙を流しながら訴える大城。
七森はまさか旧校舎の亡霊にそんな事情があったなんて————と驚いていると、さらに衝撃的な事実が……
「俺を殺した小宮に、復讐しようだなんて、もう思ってもいない。とにかく、会いたいんだ。息子に————
「小宮って、まさか————!!」
「……小宮を知ってるのか? ああ、そういえば私を見てそう呼ばなかったか?」
「知ってるも何も……もしかして、小宮先生のお父さんですか!?」
「お父さん? 何言ってるんだ。小宮は俺の同僚の教師で————」
「そうじゃなくて……!!」
ずっとこの旧校舎にいた大城は、その同僚の小宮が妻と再婚し、息子の新しい父親となっていることを知らない。
ただ、ずっと待っていた。
いつか自分と同じように、姿を見ることができて、霊と話すことができる体質の人が来てくれることを。
この旧校舎の中にある、自分の死体を見つけてくれることを……
「あなたの死体はどこにあるんですか?」
「家庭科室だ」
*
女性教師と話し終わったあと、突然、小宮は七森に「小宮先生の下のお名前は、昴ですか?」と聞かれた。
苗字しか伝えた覚えがなかったのだが、どうして知っているのかと疑問に思っていると、七森はまるで隣に誰かがいるかのように、話し始める。
「やっぱりそうだ! 息子さんですよ、見えていないけど」
「……?」
「ええ、今は見えないそうです」
「な、七森さん? 一体誰と話してるんですか?」
七森が話している相手は、小宮にもそこにいた女性教師にも見えない。
女性教師は七森を頭のおかしい人ではないかと、怪訝そうな視線を向ける。
「小宮先生、一緒に来てください。今すぐに」
訳がわからないが、とりあえず七森についていく小宮。
女性教師の方は、幽霊はいないと思ってはいるが、七森が気味悪いとついては来なかった。
「一体どうしたんですか、七森さん。家庭科室にカメラは仕掛けてないのに」
連れて来られた家庭科室。
埃まみれで、大きな蜘蛛の巣がいくつもついている。
M4の行動範囲外だったため、ここに隠しカメラはつけていない。
「とにかく、見てほしいものがあるんです。これは、あなたが見つけるべきだ」
「私が見つけるべきもの……?」
小宮は先ほどから、この男の言っていることが全く理解できない。
見えない誰かと話をしているようだし、なんだか高揚しているようにも見える。
こちらは埃で何度もくしゃみが出て、涙目になっているというのに、七森の瞳はキラキラと輝いているようにも見えた。
「ここです。開けて見てください」
「ここを……?」
七森が指差したのは、調理実習台に取り付けられたシンク下の扉。
一体、この中に何があるんだと、小宮は恐る恐る開ける。
「え……?」
そこに、白骨遺体が見つかる。
古く色あせてしまっているが、見覚えのある青いストライプのネクタイが首に。
小宮はそっと手を伸ばし、そのネクタイの裏側を見た。
タグに『おとうさんへ』と、子供の字で書かれている。
それは小宮が、幼い頃に父の日にプレゼントしたネクタイだ。
覚えたばかりの字で、自分がプレゼントするものだからと書いたものだ。
「大城さんの遺体です。ずっとここで、誰かに見つけてもらうのを待っていたんですよ」
「……どういう、こと…………ですか?」
「旧校舎の亡霊は、小宮先生のお父さんだったんです」
小宮は泣きながら膝をつき、当時何が起きたのか、七森を通して聞いていた。
旧校舎の解体予定日の前夜、新校舎へ移動するべきものが本当に何も残っていないか最終確認を頼まれた大城と同僚の小宮。
体育教師らしく大柄で体格のいい小宮と大城は、生徒や他の教師たちからデコボココンビと呼ばれるほどよく一緒にいて、仲が良かった。
それなのに……
「『あいつが、教え子に手を出したのを知っていたから、辞めるように言ったんだ。そしたら、首を締められた……苦しかった。苦しかった。息ができなくて————』」
小柄な大城の体は、シンクの下に押し込まれて隠されてしまった。
食い込んだ指の跡を隠すように、ネクタイを首に巻かれた状態で————
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