第37話 父と子


「————ありがとうございました! 七森さん」

「いえいえ、成功してよかったですよ」


 幽霊を目撃し、逃げる彼らの映像は翌日には学校中に拡散。

 今まで彼らに散々な目にあわされていた教師も生徒も、情けなく声を上げながら怖がっている彼らの姿は笑い者になっていた。

 そのうちの一人は、驚きすぎて漏らしてしまい、これまで自分が笑ってきた生徒たちと同じ状況に。

 もう彼らは校内を堂々と歩くことはできない。

 あまりに恥ずかしく、誰一人親にも言えなかった。


「あまりに傑作だったんで、教師全員に共有したんですけどね、誰かが広めたみたいで……そのおかげか、あの子達本当に大人しくなりました」


 それから三日後、念のため設置していた隠しカメラを回収作業を小宮と一緒に回収する七森。

 まさか彼らが肝試しをさせるために連れてきた男子生徒が、途中からこちらが用意したあやかしと入れ替わっていたなんて気づきもしなかっただろうなと、思わず口元がほころぶ。

 彼らがターゲットにしそうな生徒を事前に調べておき、人に化けられるあやかしを用意していたのは正解だった。


「それにしても、本当にすごいですね。あれだけ信じていなかったのに、こんなにも血相を変えて……プロの力はすごいです。一体どうやって、消えたり現れたりしたように見えるんですか?」

「あー……それはその、企業秘密です。プロなんで……ね」


 本物のあやかしだなんて、行っても信じてもらえないだろうなと七森はあくまであれはプロの役者で通そうとしていた。

 しかし————


「実は本物————だったりはさすがにしませんよね? もう見える力がなくなってしまった私に見えるはずがないけれど……」

「え……?」


 小宮の発言に七森は手を止め、彼の方を見た。


「見える力……って、どういうことですか? 小宮先生、もしかして、見えるんですか? 妖怪とか、幽霊とか……」

「いえ、今は見えないんでが……実は私、子供の頃からよくそういうものを見てきたんです。父が————そういう体質だったので、私も同じように受け継ぎまして……」


 七森と同じく、小宮は見える子供だった。

 その父親も同じく見える人で、同じものが見えている父親を小宮は母親よりも慕っていたのだが、ある日突然、両親は離婚。


「本当に突然でした。子供には理解できない事情があるんだって、急に離婚してしまって、それ以来父には一度も会わせてもらっていないんです。今どこでどう生きているのか、死んでいるのかもわかりません」


 その後、すぐに母親は再婚する。

 相手は父親の同僚だった。


「新しい父————今の父は私が見えるのが気持ち悪いと言ったんです。『嘘をつくな』『幽霊なんていない』『そこには何もない』『誰もいない』って……それでも、私には見えるといい続けました。新しい父に好かれようとも思わなかったし、見えないなんて言えませんでした。見えるということが、父の子供だという証拠だと————当時の私にはそれが唯一のつながりだったので」

「それなら、どうして見えなくなったんですか?」


 今の小宮には、あやかしは見えていない。

 普通の人間と同じで、あやかしたちが見えるように加減をしないと、その姿を見ることはできないのだ。

 あのM4と同じレベルまで加減しないと、小宮の目にあやかしの姿は映らない。


「病院に連れていかれたんです。今思えば、精神科とかだったんじゃないかな? そこで、そういう幽霊とか妖怪が見えるっていう子供の専門医がいるとかで……それからは全く見えなくなったんですよ。どんな治療を受けたのかは、あまりよく覚えてないんですが、その先生の目がみ————」

「あ! 小宮先生、いたいた! ちょっといいですか?」


 小宮は話を続けようとしたが、女性教師が現れて遮られてしまう。

 仕方がなく、七森は小宮が女性教師と話している間に、別の教室のカメラを取り外しに一人で向かった。


 ところが————


「え……?」


 その別の教室に、小宮がいた。

 小動物のようなハムスターっぽい可愛らしい顔つき。

 先ほどの教室にいるはずの、小宮がそこにいた。


「小宮先生……? どうして、ここに……?」


 七森は訳が分からない。

 耳をすませば、別教室で話している小宮と女性教師の話し声は聞こえているのに、どうして、今目の前に小宮がいるのか……


「君は、俺が見えるのか?」


 小宮にしか見えないその人は、人ではない。

 よく似ているが、幽霊だ。


「君は、俺が見えるのかと聞いている」


 旧校舎の亡霊が、そこにいた。



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