第36話 肝試し


「だーかーらー、一人で行けって言ってんの」

「ひ、一人で……って、そんな、嫌だよ……ここ、幽霊が出るって————それに、この前、死体が見つかって警察だって……」

「そうそう、だからいいじゃん。肝試しだよ」


 夜の旧校舎。

 前々から幽霊が出ると噂があったが、死体が発見されたことによりますます生徒たちは気味悪がって、旧校舎に入ることすら躊躇っている。

 それでも、死体が見つかるずっと前から度々この旧校舎の一年一組の教室を遊び場にしていた四人は、まったく怖がっていなかった。

 何度も旧校舎に忍び込んでいるが、一度も幽霊なんて見ていないし、そもそも信じてもいないからだ。


 むしろ、いもしない幽霊の存在を怖がっている人間の顔を見るのが楽しくてたまらない。

「うちの子は良い子です」と言いながら、結局は世間体しか気にしていない親に対するストレスを発散していたのだ。


 彼らは知っている。

 国会議員である父親が、不正な金を受け取っていること。

 警察官僚である父親に、もう一つ家庭があること。

 弁護士の母親が、報酬のために証拠をでっち上げていくつもの冤罪を作っていること。

 教育関係の仕事をしている両親が、自分の息子よりももっと年下の中学生や小学生に手を出していること。

 決して、誇れるような親ではない。


 それでも、親に見捨てられたら生きて行けない。

 彼らにとって、親は金のなる木だ。

 世間体を保つために、仲のいい家族を演じている親。

 その前で、いい子を演じていれば、何をしても許される。

 問題ない。


 図体だけ大きくなって、心は荒んでいる。

 自分のしていることなんて、大人たちに比べたら可愛いものだと思っている。


「いやだよ……!! 無理だよ一人でなんて!!」


 この日、彼らのターゲットにされてしまった一人の男子生徒。

 折れそうなほど細い腕を、指が食い込むほど掴まれて無理やり引きずられて旧校舎まで来た。

 幽霊も怖いが、彼らに捕まってしまったことが怖くて怖くて震えている。


「うるせーな。お前に発言権ねーから。いいから、さっさと行けや」


 四人の中でも一番大柄な政樹まさきが嫌がっている男子生徒の背中を膝で蹴った。


「ちゃんと校長室まで行ってこいよ? あそこで人が死んでるし、ちょうどわかりやすいだろ?」


 その次に背の高い学人まなとが電池が切れそうな弱い光しか出さない懐中電灯とカメラを持たせ、証拠を録画してこいと録画ボタンを押す。


「壊すなよ? 壊したら二台分ベンショーだからな」

「そ……そんな————!!」


 残りの二人・りつ敬太けいたは真っ暗な旧校舎の廊下に男子生徒のスラックスをパンツごと剥ぎ取る。


「戻って来たら返してやるよ」

「ほら、さっさと行けって!」


 ケラケラと笑いながら、四人は悲鳴が聞こえてくるのを待った。

 旧校舎に幽霊はいないが、壁の隙間から吹く風によって突然なる音や、迷い込んだ鼠や猫の足音は聞こえることがある。

 その音やありもしない何かの気配に驚いて上がる悲鳴を聞くのが楽しいのだ。

 戻って来たときに漏らしている生徒もいた。

 そんな惨めな姿を笑って、笑って、笑って、笑って————


「————おい、なんかおかしくねーか?」


 ところが、その日の夜は何の悲鳴も聞こえない。

 校長室を探して階段を上り下りする足音すら聞こえなかった。

 旧校舎の中は、シンと静まり返っていた。


「いつもなら、そろそろだろ?」


 校長室へ向かう前に、床に穴が空いている箇所があり、不意に足を取られてそこで悲鳴をあげるのは定番だった。

 それすら聞こえない。


「まさか、逃げたんじゃね?」

「ちょっと見てくるか……」


 律が一人、確認のため教室を出たが、残りの三人は予想しながら笑っている。


「そうだな、どっかで怖すぎて倒れたりしてな」

「ははっ! ありえる!!」

「ビビりすぎだろそれ! はははっ」

「ウフフフフフフフッ」


 三人の笑い声の中に、女の笑い声が混ざる。


「ん? ……なんだ? 今の声」


 学人が違和感に気がついて辺りを見回すが、教室には三人以外に誰もいない。


「どうした? 学人、声がなんだって……?」

「ウフフフフフフフッ」

「いや、声が……」

「ウフフフフフフ」


 やはり女の声が聞こえる。


「うわああああああああああああああああああああああ!!」


 よく聞こうと耳をすました瞬間、聞こえて来たのは律の悲鳴。

 幽霊なんていないと、まったく怖がっていなかった律が、何かから逃げるように悲鳴をあげながら走り回っている足音が聞こえてきた。


「なんだよ、お前が怖がってどーすんだ? おーい、律ー!」


 半笑いで敬太が教室を出る。

 しかし、数分後、また悲鳴が聞こえてきた。


「あああああああああああっ!!」


 教室に残っていた政樹と学人は、顔を見合わせると、二人一緒に廊下を覗く。

 すると、律と敬太が泣きながら玄関の方へ走って行った。


「おい、お前ら、一体どし————」


 彼らの後ろに、足のない、長い髪で顔の半分が隠れたセーラー服の女が浮いている。


「ウフフフフフフフフッ」

「ひっ」


 そして————


 政樹と学人の背後にも……


「うわあああああああああああああああああ!!」


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