第34話 好奇心


 笹原の遺体が発見されたのは、とある高校の旧校舎にある校長室。

 現在使用されていないその旧校舎に忍び込み、そこで生活していたのではないかという話だ。


「あの旧校舎には、発見した先生の話だと幽霊がいるとか、呪われているとかで、解体工事がずっと延期になっていていましてね」


 近所に住んでいる人間や学校関係者の間では有名な話で、あの旧校舎を取り壊そうとすると人が死ぬと言われている。

 解体工事にをしようとしたら重機が操作不能になって、作業員が死んだとか、教師が屋上から飛び降りて自殺したとか……そういう話がいくつも重なって、もう何年も放置されていた。

 今年度に入って、やっと解体の日程が決まったのだが、そんな中で笹原の遺体が見つかってしまったのだから、また延期になるかもしれない。


「————それで、どうして社長が俺のネックレスを持っていたんですか?」


 七森は笹原の生死ははっきり言ってどうでもよかった。

 とにかく、未払いの給料はどうなるのか……それだけだ。


「どうもね、従業員の私物を盗んで現金に換えていたようなんですよ」

「……は?」


 よくものが失くなると、先輩社員の何人かが話していたのは聞いたことがあったが、それがまさか笹原がしていることだとは知らなかった。

 だがよく考えれば、ロッカーの鍵のスペアを持っているのは社長である笹原だ。

 そういえば、財布の現金が少なくなっているような気がしたこともあったと思う。

 しかし、七森はいつも常にあのネックレスだけは身につけているようにと修一から厳しく言われていたため、身につけていない日なんて一度もない。


「————……健康診断。そうだ、あの日から見つからなかったんですよ!」


 健康診断のバスが来ていて、レントゲンを撮ると聞いていたため七森はネックレスをロッカーに入れている。

 終わってから、服を脱いだ時に一緒に外したのにどこにもないと勘違いし、ほかの従業員や健診のスタッフが一緒にバスの中を探してくれていたのを思い出した。

 結局、もしかしたら別の場所で外したかもしれないと、会社中探し回ったが見つからなくて、他の社員から「とても貴重な高価なもののように見えたから盗難届を出して見たらどうか」という話まで出ていたのだ。


「社長だって、一緒に探してくれていたのに……」


 会社が倒産し、笹原が失踪したのはそれから二日後のこと。

 盗難届を出すか出さないか迷っている間に、それどころではなくなったのである。

 笹原は他にもいくつか従業員の私物や金を盗んで、逃亡資金にしようとしていたようだ。


「では、あなたは笹原さんにはその後一度も会っていないと……?」

「会っていませんよ。どこにいるかもわからなかったのに……」


 警察は、笹原が死んだ時その手にネックレスを手に持っていたため、所有者である七森を少し疑っていた。

 もしかして、ダイイングメッセージではないかと。

 だが、どう考えても七森に犯行は無理である。

 笹原を恨んでいる人間を他に知らないかとか、何か心当たりがないかなどなど、形式的な質問をいくつかされた後、七森は取り調べから解放された。


 任意とはいえ、初めての事情聴取。

 結局、ネックレスは事件の解決までしばらく警察で保管するとのことで、返してもらえなかったし、時間だけ取られてその日の仕事は何もできなかった。


「まったく……本当に警察って面倒だな。所長が警察を嫌う理由がよくわかる」


 七森は警察署から帰りながら環に連絡すると、今日の仕事は休んでいいと言われてしまった。

 とはいえ、このまま家に帰るのもなぁと思っていたところ、偶然にもその例の旧校舎のすぐ横の道を七森は歩いていることに気がついた。


「見つかった現場って……ここじゃないか」


 ちょっとした好奇心で、七森はその高校を訪れる。

 すでに亡くなってしまったため、呪い殺すことはできないが、一体どんな場所で死んだのかと思ったのだ。


「笹原社長が亡くなった場所に、手を合わせたい」と、花束を持って悲しそうな表情で告げると、すんなりと入ることができた。



 *


 全学年授業が終わっていて、新校舎の方では吹奏楽部のや軽音楽部の子たちの演奏が開いた窓から漏れ出ている。

 新校舎といっても、もう完成してからは十五年以上経過しているそうだが、グラウンドの端に見えるボロボロの古い校舎と比べたらやはり新しい。


「これからちょうど、見回りに行くところだったんです」


 七森を案内してくれたのは、小宮という小柄の男性教師だった。

 彼は去年教師になったのだが、今年新任で入った教師がすぐに退職してしまったらしく、この学校では一番の下っ端だそうだ。


「見回りですか?」

「ええ、旧校舎はもう何年も前から使われていないんですが、この数年、一部の生徒たちが溜まり場にしているようで……ただ集まっているだけならまぁ、いいんですけど、幽霊を怖がっている他の生徒たちを無理やり連れてきて肝試しをさせたりもしているみたいなんですよ」


 旧校舎、一階の教室には、生徒たちがたむろしていたであろう証拠が確かに残っていた。

 菓子のゴミやペットボトルが無造作に捨てられている。

 床はや壁には所々穴が空いているし、黒板には落書きも。


「何度か注意してるんですけど、全く聞いてくれなくて……話がまるで通じないんです。私は生徒たちより背が低いのでね……迫力がないみたいで……」


 小宮は小柄で、さらに小動物のような————ハムスターっぽい可愛らしい顔つきをしている。

 そのせいか、その問題の一部の生徒たちからは舐められているそうだ。


「幽霊が出てきてくれたら、きっと、彼らももうここに立ち入ることはないと思うんですけどね」


 苦笑いをしている小宮に、七森は提案する。


「————幽霊、連れてきましょうか?」

「え……?」

「俺、こういう仕事をしてるんですよ」


 七森は小宮に、名刺を渡した。


「とびきり怖いの、ご用意しますよ?」



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