第31話 自作自演
「なるほど……水神会か」
「知ってるんですか?」
「うん、一応ね。有名な話だよ。うちのお客様でも、水神会に騙されたとかで相談が何度かあった」
聡が出て行った後、あの雰囲気の中————それも修一がいる前であの化け物の話なんてできないと思った七森は、近くにあった公園で環に相談した。
環がブランコに座れというので、二人並んで。
はたから見たら、大人二人が青春ごっこでもしているように見えるかもしれないが、話している内容はそんな爽やかなものじゃない。
家いる化け物のことや、水神会のこと。
もちろん、自分が人身御供として湖に————という話だ。
「所長も見ましたよね? さっきうちの玄関にいたアレです。伯父と伯母は俺を水神会から救い出してくれて、育ててくれた命の恩人です。そんな人たちが呪われているなら、どうにかしたいんです。誰かに恨まれるような人ではないはずです。でも……」
七森は複雑だった。
先ほどの聡の言動————もしかしたら、聡が二人を呪っているとも考えられる。
もしそうなら、絶対に許せない。
「うん……玄関にいたアレだろう? アレは、人を殺す呪いではないよ」
「え……?」
「今の水神会————幹部クラスなら僕たちと同じように見える人はいる。そして、その中にはそれを操る人もいるんだよ。信者を増やすために、殺さない程度の呪いやあやかしを使って、弱みに付け込むのさ。向こうから本人や家族に困りごとを仕掛けておいて、助ける。自作自演とでもいえばわかりやすいかな?」
環はブランコから降りて、七森の前に立つ。
七森が見上げた環の瞳の色は、夜の公園ではわからないはずなのに、どうして綺麗なもののように見えた。
「例えば、ターゲットの周りで不幸なことが起こるすんだ。本人や家族が急に病気になったり、怪我をさせたりしてね。そういう不安や悩み事を意図的に作って、解決してあげるんだよ。アドバイスの中に、自然に神様が助けてくれたとか、この水を飲むと水神様の力で——とか、そういうことをするんだ。見えないものを使って弱ってる人間の心を操る。そうやって、信者を増やしていくんだよ。信者は多ければ多いほど、金も集まるし、彼らが神と崇めている者の力も増すんだ。搾取されている事にも気づかない。君の家にいたのは、水神会が操っている化け物————ってところだろう」
側から見るとおかしな行動も、心を操られているせいで自分ではおかしいと気づかない。
知らず知らずに洗脳されてしまったり、残酷なことを平気でしたりしてしまう。
七森の両親が自分の子供を殺すことを素晴らしいことだと思っているのも、そういうことだ。
「人には、誰にでも心の闇がある。そこを刺激されるとね、人は簡単に思わぬ方向へ行ってしまったりするんだよ。君だってそうだろう? 七森くん。本当はずっと、君を引き取ってくれた伯父様と伯母様に甘えたかっただろう? お父さん、お母さんって、呼びたかったんじゃないのかい? それに————」
環は七森の左胸を人差し指でトンとついた。
「————お兄さんが邪魔だと、思っていただろう?」
心の闇をつかれたのだ。
幼い頃からずっと、蓋をして、固く閉ざしていたものがじわりじわりと広がっていく。
「ひどい話だよね。たまたま水神会の信者の家に生まれて、たまたま霊が見えるというだけで、実の親に君は殺されるところだった。危ない目にあって、とても可哀想な境遇にあった君にお兄さんは何をした? 親に隠れてずっと君を虐めていたんだろう? 君は何一つ悪いことはしていないのに、同情するどころか懸命に生きていた君を傷つけた。今日だって、君は何も悪くないのに、理不尽に殴られた」
環の手が、聡に殴られた左頬を撫でる。
「君がお兄さんを殺してしまいたいなら、あの化け物を利用するといい。君になら簡単にできることだよ。人身御供になり損ねた君には、特別な力が備わっているからね」
*
聡と連絡が取れず、気を揉んでいた伯母は玄関ドアの開く音を聞いて、リビングのドアから顔をだした。
帰って来たのは、七森の方。
先ほど訪ねて来た上司の姿はそこになかった。
「優人……? さっきの方は?」
「ああ、もう帰ったよ。ちょっと仕事のことで、話があっただけだから————それより、母さん」
伯母は優人の口から久しぶりに母さんと呼ばれて、胸が熱くなる。
引き取った頃は、お母さんと呼んでくれていたのにいつからか伯母さんとしか呼んでもらえなかった。
伯母は常に母親として接している。
優人とは血は繋がっていないし顔も似ていなくても、彼女にとっては大事な末息子なのだ。
親の気持ちも考えず、家を飛び出していった長男に呼ばれるよりも、嬉しかった。
「実は今の職場でね、ほら最近はやりのYouTubeをやっていて……」
「ああ、知ってるよ。私の友達のお子さんでもやってる子がいるわ」
「そう。それ。物音とか変な声とか聞こえるかもしれないけど、ちょっと急ぎでその撮影をしなくちゃいけないから、今夜は何があっても、父さんと寝室から絶対に出ないで欲しい」
「え……今夜?」
「うん、二人が映り込んだり声が入ったら、後から編集するのが大変なんだ」
「……ええ、わかったわ」
伯母は戸惑いながらも、七森の言う通りこの日の夜は物音や話し声が聞こえても決して寝室から出なかった。
もともと一度寝てしまうと朝まで起きない修一も、同じく。
まさか七森が今からすることが、聡の命を奪うことになるとも知らずに————
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