第30話 人身御供
運転手の話を聞いて、一気に血の気が引いた。
ホテルに戻ってから、PCで水神会の情報を調べたらネットの掲示板には、確かに運転手の言っていた通り、水神会は今だにそういう古い儀式を行なっているという書き込みがあった。
それは水神会に家族や友人が入信してる人から、聞いた話だそうだ。
水神会では、数年に一度、湖に住む神に生贄として生きた子供を捧げる。
湖に子供を投げ入れて殺すんだ。
その遺体は引き上げられることもなく、彼らが神と崇めている湖に住む生物の餌となるそうだ。
選ばれるのは信者の家に生まれた霊感のある特別な子供だ。
特別な子供は水神への捧げ物として五、六歳になった頃御供に選ばれる。
香澄が言っていたのは、この御供だ。
香澄は、優人が選ばれたことを嬉しそうに俺に言っていたんだ。
俺は知り合いに警察関係者がいたから、すぐに連絡して来てもらった。
本来なら警察は事件が起きてからじゃないと動いてはくれないのだけど、運良く水神会はその商法が怪しいとか、詐欺被害にあったという話が出ていたようで……すぐに協力してくれたよ。
そうして、その祭りの当日だった。
湖に張り込んでいた刑事と一緒に、俺も茂みに隠れて様子を伺っていた。
何も起きなければ、それでいいと思っていたけど、それは本当に起きた。
白装束の水神会の連中が岸に立つと、その先頭を歩いていた男二人が湖に優人を放り投げた。
それも、投げた男の片方は優人の父親だ。
岸には、香澄も、姑もいた。
自分の子供を湖に投げ入れて、沈んでいるというのに、またあのよくわからない経か呪文のような言葉繰り返し拝んでいた。
張り込んでいた刑事と俺は湖に飛び込んで、優人を助けに行ったが、それを見てもあいつらは……
「何をする!! 御供を捧げなければ!! 水神様が……!!」
「やめろ!! やめろ!! 水神様がお怒りになる!!」
そう叫んでいた。
瞬きもしない大きく見開いた目で、何も映していないような目で叫んでいた。
その場にいた水神会のやつらは、殺人未遂の現行犯で逮捕された。
香澄も、姑も、父親もみんな逮捕された。
優人はしばらく昏睡状態で、目を覚ました後は何も覚えていなかった。
母親のことも、父親のことも、湖に投げ捨てられたことも。
生活をするのには支障がない。
ただ、霊が見えるのは相変わらずで、おかしな言動を繰り返すことはあった。
その時、精神科の先生がそういう症状のある子供を専門に見ている別の先生を紹介してくれて……何度か診察に通ったら、それからは全く霊が見えるなんてことはなくなった。
俺が正式に優人を養子にしたのはこの診察に通っている頃だ。
あの家には、父親の兄弟が住んでいたけれど、あんな家にこのまま置いては置けない。
だが、裁判で心神喪失状態であったとして殺人未遂の罪には問われなかった香澄や姑たちは、優人を返せとしつこかった。
優人にはもう、何も見えないし特別な力もない。
それなのに、「水神様に早く捧げなければならない」「このままでは大変なことになる」「渡せ渡せ」と信者達を引き連れて家に来たこともある。
それで俺は転属願いを申し出て、度々住む場所を変えていたんだ。
あいつらに見つからないように、優人を探している水神会から見つからないように————
◆
全て話した後、修一は聡の方を見る。
「いいか、聡。だから、あの娘とは関わってはいけないんだ。優人ももう大人になったし、あいつらが優人を奪いに来ることはないと思う。確か俺が聞いた話では、人身御供とされるのは子供だけのはずだ。それでも、関わってはいけない。絶対に。もしお前があの娘と結婚して子供が生まれたら————お前はあの時の香澄たちのように、自分の子供を手にかけるかもしれない。そんなこと、絶対にあってはならないことだ」
七森は曖昧だった記憶が断片的だが蘇り、身震いしながら同じく聡の方を見る。
本人がこれほど驚いているのだから、聡も同じく驚いているだろうと……
「————なんだよそれ」
「えっ……?」
それまで何も言わずに静かに話を聞いていた聡は、急に七森の胸ぐらを掴んだ。
「お前が悪いじゃないか! やっぱりお前のせいだ!! いつもいつも……お前のせいで、俺は何一つ手にできなかったのに…………俺から冴まで取り上げるっていうのかよ!! ふざけるな!!」
「兄ちゃん……?」
「何が兄ちゃんだ! ふざけるな……俺はお前を弟だと思ったことなんてない!! お前は何も知らずにのうのうと生きてきただろうけどな、俺は知ってんだよ。お前が来てから、全部おかしくなった。お前のせいで、お前がいるから何度も何度も引越しをして、転校させられて、虐めにもあった。お前がいたから、全部全部、お前のせいで俺は————!!」
今まで聡は修一や伯母の前で七森に対して攻撃的な行動はしてこなかった。
いつも二人がいない時、バレないように、巧妙で卑怯で、幼稚な嫌がらせをして……
七森が叔父たちを素直に「父さん」「母さん」と呼べないのは、聡が嫌がるからだった。
いい兄を演じ、仲の良い兄弟を演じていた聡は、この時初めて親の前で吐き捨てるように本音を口にする。
「やっぱり父さんも母さんも俺より、こいつの方が大事なんだ……! ずっとぞうだった!! 俺のことなんてどうでもいいんだ!! 冴だけが、冴だけが俺をわかってくれたんだ! 冴だけが……!! 信者がどうとか、神様がどうだとか、そんなものは関係ない!! 俺は冴が……冴だけなんだよ!!」
「聡!!」
聡は七森を殴って、家を飛び出した。
止めようとした伯母を突き飛ばし、車に乗って出て行ってしまった。
開けっ放しの玄関のドア。
七森は痛む頬を抑えながら、視線をショックで立ち尽くしている伯母の背中が見える。
そのドアの横からひょいと顔を出して、あの女の顔がこちらを見ていた。
光のない、真っ黒な瞳でじっとこちらを見て、ニタリと笑う。
そして————
「————あの……夜分遅くにすみません」
「え……?」
横から現れて叔母に声をかけたのは黒いスーツの、中性的な女性。
「こちら、七森優人さんのご実家でお間違いないでしょうか?」
環だ。
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