第24話 誰か


 八月の終盤に差し掛かった頃、流石に繁忙期は過ぎたようで以前よりあやかしを派遣する仕事は少なくなった。

 今日の仕事が終われば、七森も数日の短い夏休みに入る。


「ありがとうございました。本当に、本当に……!!」

「いいのよ、気をつけてね」


 午前中の仕事が終わり、昼過ぎに戻ってきた七森が事務所に入ると何度も何度も丁寧に受付嬢のオトメに頭を下げる少女がいた。

 紺色のスカートに、ブルーのラインが二本入った白襟のセーラー制服を着たその丸い眼鏡の少女は、出口人向かって歩き出すと、すれ違いざまに七森にも会釈して帰って行く。

 たくさん絆創膏の貼られた傷だらけの手には、香典返しの紙袋を持っていて、線香の匂いがした。


「あれ……今の……」


 七森はその少女の顔に見覚えがあるような気がして、少女が帰ってからややあってようやく思い出す。

『心霊キャンプ』の時に隣にいた、中学生の一人だ。


「えーと、確か、雫ちゃん……?」


 名前を言い当てた七森に驚いて、オトメは視線を七森に向ける。


「あら、七森ちゃんあの子と知り合い?」

「いや、そういうわけじゃ……っていうか、あの子、ウチのお客さんだったんですか?」

「ええそうよ。呪具を廃棄しに来たの」

「呪具を廃棄……?」

「ほら、これよ」


 オトメは雫が渡した可愛らしいデザインの赤い紙袋を七森に見せる。


「紙袋が、呪具……なんですか?」

「まさか。この中身よ。使はお客様自身で廃棄処理をすると危険だからね。ああ、そーだ。七森ちゃんどうせ暇でしょ? 暇なら、タマちゃんにこれ渡して来てくれる? 私これから用事あるから」

「えっ!?」


 オトメはまた自分の仕事を面倒がって七森に押し付けると、よろしくーと手をひらひら振って何処かへ行ってしまった。


「まったく……オトメさんは自由だな」


 勤務中にふらっとどこかに行ってしまったり、綺麗にデコレーションしたキラキラのジェルネイルや、鏡で自分の顔ばかり見ていたりと……勤務態度はあまりよろしくないのだが、環はそれを注意することはあまりない。

 たまに注意しても「これも全部タマちゃんのことを思ってやってることなのよ!」っと機嫌を悪くするため、強くは言えないようだ。


 七森は仕方がないなと諦めて、所長室へ向かって歩きながらふと思う。


「————さっき、使って言ってなかったか……?」


 確かに、使い終わった呪具は必ずこちらで廃棄処分することになっていると聞いている。

 以前オトメが受付にいなかった時、代わりに対応した七森がお客様から渡され、その際環から教えてもらったが、正しく処分しないと呪いが跳ね返ることがあるという話だった。


「そうなると、あの子は誰かに呪いをかけた……ってことか」


 七森はそのにすぐに見当がついて、小さく呟いた。


「だから、まだあそこにいたんだな」


 やはりあれは、七森が思った通り呪いの化け物だったのだ。

 湖では助かったが、おそらく別の日に、どこかで完成したその化け物が地獄へ連れていったのだろう。


 所長室にいた環に紙袋を渡すと、環はそれをニコニコと笑って見つめる。


「ずいぶんとまぁ、可愛い袋に入れてくれたんだね。まるで何かのプレゼントみたいだ」


 紙袋の中には、ボロボロの軍手が入っていて、所々に血の滲んだような茶色い染みがついていた。


「あの……所長————」

「何? 七森くん」

「聞いてもよろしいでしょうか?」

「うん」

「ずっと……気になっていたんですが————」


 七森は勇気を出して、疑問に思っていたことを口にする。



「所長って、人間——ですよね?」





【呪いの儀式のご案内】


 この度は、明石家あやかし派遣事務所呪いLINE相談をご利用いただき、ありがとうございます。

 LINEにてお知らせした通り、呪い手袋を送付いたしましたので、ご確認ください。


 <儀式のやり方>


 使うもの:呪い手袋(名前記入済)、木の枝

 実行時間:毎晩


 1、手袋を両手にしっかりとはめて、お相手の顔を思い浮かべます。

 2、お相手のへの恨みや起きてほしい願いを口にします(声量は小さくても大丈夫ですが、できるだけはっきりと言いましょう)

 3、木の枝を一本一本確実に二つに折ります。

 4、1〜3を最低でも30分以上続けてください。


 ※効果を実感するのは、書かれた名前が読めなくなってからになります。

 大事なのは毎日続けることです。

 また、儀式の際は、できるだけ誰にも見られないようにしましょう。



 <ご使用後の廃棄について>


 呪い手袋の廃棄は弊社で行います。

 使用後の手袋は捨てず、どんなに汚れていようと洗わずに、こちらのご案内用紙と一緒に受付までお持ちいただくか、担当者へ直接ご連絡ください。

 決してご自分で処分しないようにお願いいたします。

 廃棄の方法を間違えると、お客様自身に呪いが降りかかる場合がございます。


 その他、ご不明な点がございましたら、お気軽にご連絡ください。

 お客様の呪いが成就し、笑顔でお会いできる日を、楽しみにしております。


 呪い相談担当:環



(第三章 了)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る