第23話 まだいる
結局、誰かを呪ったせいで死んだ————などと報告書に書けるはずもなく、刑事たちは香取がなくなったのは自殺ということで処理をすることにすると言って、帰って行った。
離婚の原因となったらしい若い女性との間に、何かがあった。
思いつめて自殺した。
そういうことにすると。
「まったく、無能な警察め」
玄関で遠ざかっていく二人の刑事の背中にひらひらと手を振りながら、環は暴言を吐く。
ここまで敵意を表に出している環を見たことがない七森は、恐る恐る尋ねた。
「あの、所長って、警察嫌いなんですか?」
「嫌いだよ」
食い気味に答えられて、よっぽど嫌いなのだと思う。
「だって、使えないじゃない? 見えてないし、見えていたとしても、結局なにもできないからね。今言っていたみたいに、誤魔化すしかないんだ。なかったことにするしか。そうやって、目に見えている事件も、見えない事件だって、都合が悪いとなかったことにしちゃうから……」
「そ……そうなんですね」
「それより、七森くん」
「は、はい?」
「肝試しは中止になってるんだろう? ウチから派遣したあやかしたち、きっと待ってるよね」
「あ……」
すっかり忘れていたが、雅が行方不明になる騒動が起きてあやかしたちがやるはずだった肝試しは完全に中止されている。
キャンプ参加者はそれぞれのテントに戻り、朝になるのを待てばいいが、墓場にいるあやかしたちはそのことを全く知らないのだ。
「そうですよね! 俺、皆さんに伝えてきますね!」
「いや、いいよ。僕がいくから。君はここで少し休んでいるといい。君だってあれに連れていかれそうになっていたんだから、疲れているだろう」
「えっ? でも、外は暗いですし……一人で? 危ないですよ、一人で出歩くのは」
環が女性だと確信してしまったせいで、七森は余計な心配をしてしまった。
夜に一人で出歩くのが危険だと心配するのは、たいていの場合、女性や子供に対していう言葉だ。
今まではどちらか曖昧だったから、そんな言葉はすんなりと出てこなかったのだが……
環は最初驚いた顔をしていたが、急に笑い出した。
「なにそれ、僕に言ってるの?」
「え……?」
「なんの心配があるっていうのさ。おかしなことを言うねぇ、君は本当に……この姿になってから、そんなことを言われたのは初めてだよ。平気平気。夜は楽しいから。じゃぁ、行ってくるね」
「え……あ、はい」
よく考えたら、環はあやかし派遣事務所の社長だ。
妖怪も幽霊も怖くないし、自分よりはるかに体格の大きな刑事にだって物怖じする様子もなかった。
むしろ喧嘩を売るくらいだ。
きっと、環には怖いものなんてないのだろう。
颯爽と墓地へ向かう環の後ろ姿を眺めながら、七森は少し恥ずかしくなった。
「————あの……」
「ん……?」
不意に声をかけられて振り返ると、そこには莉乃がタオルと浴衣を持って立っていた。
「ママが、服が服が濡れてるままじゃ風邪引くから、お風呂使ってくださいって。服も、乾かしておくからって……」
「ああ、そうだね。ありがとう」
「所長さんは? 所長さんもって言ってたんだけど……」
「所長はちょっと、仕事でね。でも、すぐに戻ってくると思うよ」
莉乃に案内されながら、風呂場に向かって歩いて行く七森の視界に、黒い人影が映る。
「……どうして……?」
「ん? どうかしました?」
急に歩みを止めた七森に莉乃は問いかける。
雅が使っている部屋のドアを、七森はじっと見ていた。
「いや、あの……莉乃ちゃん。君が所長に相談したのって君がかけた呪いを解いてほしいって話だったよね?」
「そうですよ。呪いって本当に効くんだって知って、すごく後悔して……でも、呪いは未完成だったから、もう大丈夫っだってさっき所長さんが」
それならどうして、まだいるのだろうか————
「……呪いが本当に効くって、お父さんがあんな風に亡くなったから?」
「それもありますけど、二人目だったんで……」
「……二人目…………?」
「パパが教えてくれた呪いのやり方、前に実践した子が死んじゃったんです」
「え……?」
「一度だけなら偶然だけど、二度もあればそれはもう、違うでしょう?」
莉乃は子供らしくにっこりと微笑んだ。
「私、雅を殺したいと思ってはいたけど、あんな風にキモい死に方したくないから————」
*
深夜二時頃、キャンプ場に設置されているトイレを利用するため、参加者の一人————大学生の男がテントの外に出た。
肝試しがなくなって、余った時間に酒を飲んでしまったせいで、トイレが近い。
まだ酒が残っている状態で、眠い目をこすりながら、外灯の明かりを頼りに歩いていると、パキンパキンと何か音がする。
細い木の枝を折るような、そんな音だった。
不思議に思って、その音が聞こえた方を向くと洗い場のそばにある椅子に誰かが腰かけて座っている。
両手に軍手のようなものをはめて、何かつぶやきながら……
「もう……たぶん、……ね」
顔は見えないが、その体格から中学生か小学生くらいの女の子だ。
一体、こんな夜中になにをしているのか、驚かしてやろうと遠回りをして背後から近づいて行くが、男はその子がなにを言っているのか、その耳ではっきりと捉えた瞬間、声も出さずに後ずさった。
「あいつが死ぬまでもう少し。つづけなきゃ。早く死ね。早く死ね。もう少し。あと少し。多分あと少し。早く死ね。早く死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
あれは危険だと、見てはいけないものを見てしまったと、急いでテントに戻る。
ガタガタと震えながら、今見てしまったものを忘れろ、忘れろと何度も目を閉じて唱える。
『心霊キャンプ』の夜は、そうして幕を閉じた。
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