第22話 青い二人
「雅ちゃん、大丈夫?」
「莉乃……?」
コテージのソファーで目を覚ました雅は、莉乃に何度も謝られて驚いた。
直接顔をあわせるのは久しぶりであったが、なぜここにいるのかまったく理解できない。
莉乃の他にも、一緒に心霊キャンプに来ていた同級生たちが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「雅、何があったか、覚えてる……?」
「湖に落ちたんだって。危ないところだったんだよ」
「え……? 私が?」
雅には、湖の中に引きずり込まれた記憶がまったくない。
しかし、確かに髪も服も濡れている。
それに……
「な……なによ……これ」
雅の腕や脚には、手の痕が赤く残っていた。
強く掴まれたような、そんな形だった。
「ごめんね……ごめんね……私のせいで————」
泣きながら何度も謝る莉乃。
雅には本当に訳が分からない。
「どういうこと……? なんで、莉乃が謝るの? まさか、あんたが私を突き落としたとか……?」
「違う! それは違う! でも、私のせいなの————私が、雅ちゃんを呪ったから」
「呪った……?」
莉乃の口から出た言葉を聞いて、雅はゾッとする。
そう、確かに近頃、呪われているのではないかと思うようなことがあった。
ずっと楽しみにしていたイベントが雨で中止になったり、買ったばかりの新しいスマホケースがその日のうちに壊れてしまったり、美容室に行った帰りに鳥のフンが頭に落ちて来たり……
そういう些細な不幸が続いていて、冗談で「呪われているかもw」と、SNSに投稿したこともある。
その直後に、居眠運転の車に轢かれそうになったりもしていた。
あの時はギリギリで回避することができたが、本当に怖かったのだ。
電柱に衝突して、大きく凹んでいた車体を見た雅は助かってよかったと心から思った。
それに、この次の日にもスーパーで両親と買い物をしていたら、スーパーの入り口にアクセルとブレーキを踏み間違えた車が突っ込んだ。
こちらも、あと数歩店内に入るのが遅れていたら、確実に雅は倒れてきた什器に挟まれて怪我をしていただろう。
下手をすれば死んでいた。
「……ごめんね、ごめんね……」
呪ったことを謝る莉乃。
だが雅は、どうして莉乃が自分に呪いをかけたのか、すぐに理解した。
莉乃にひどいことを言っているという自覚はあったのだ。
雅は、莉乃を親友だと思っていた。
同じくらいの学力でいつも上位を争いながらも仲が良かった二人は、将来同じ大学に入学しようと約束していた。
ところが中学に上がった途端、学校も、住んでいる家も離れてしまった。
雅は理由も何も言わずにいなくなった莉乃が許せなかったのだ。
そうして発言してしまった嫌味な言葉が、どんどんと広がって、後戻りができなくなっていた。
雅はそのことを後悔してはいたが、謝ることができなかった。
「ううん、私こそ……ごめん」
その場にいた他の同級生たちも、雅に便乗して心無い言葉で傷つけてしまったことを一緒に謝罪する。
わんわんと泣きながら、莉乃と雅、他の三人は何度も何度も謝った。
雫だけは、その輪の中に入らずにただ立っているだけだった。
雫は雅たちと一緒に莉乃を蔑むようなことはしていないのだから、謝る必要はない。
ただ、少し離れたとこで、雫は悔しそうに唇を噛んでいた。
*
「————では、お父さんは誰かに呪いをかけたせいで、あんな死に方をしたと……?」
「そうです。パパは言ってました。一人の人間を呪い殺そうと思うなら、自分の命もかけなきゃならないって————自分も連れていかれるって」
刑事たちは改めて、莉乃に呪いについて尋ねた。
実は、葬儀の帰りに莉乃に父親の死について何か心当たりがないか聞いていたのだ。
その時、莉乃は同じように呪いのせいで死んだんだと言ったが、刑事たちは信じていなかった。
ところが、湖であの奇妙な、白い手を見たせいでそういう類のものがないと否定することができない。
本当に恐ろしかったのだ。
刑事だけではない、その場にいた八嶋も目撃しているし、毎年あの湖の付近で行方不明者が出るという話は、聞いたことがあった。
「昔からよくいうでしょう? 人を呪わば穴二つって————」
湖で見たものを思い出し、顔を真っ青にしている刑事たちに環は不機嫌そうな顔で言う。
「普通の人間が、呪い殺す場合やり方にもよるけれど、人一人につき一人分の命が必要になるんですよ。何人かで一人を……というのなら、力は分散されますがね」
「あ、あんた……さっきも見るなと命令したり、一体なんなんだ?」
体格のいい短髪の刑事のが、環を睨みつける。
だが、メモを取っているその手は震えていた。
「何者? そうですね、あえて言うなら、そういう類のものの専門家……ですかね」
「専門家……? 霊能者とか、そういう系か?」
「少し違いますが、まぁ、似たようなものです」
環は不機嫌そうだった顔からいつもの営業スマイルに切り替えると、二人に名刺を渡して話を続ける。
「おそらく莉乃ちゃんのお父様は、誰かを呪い殺したんですよ。ご本人が亡くなられてしまったので、方法はわかりませんが……そのために腕を一本使ったんです。自分の腕をね。きっと、最初は腕一本で事足りていたけれど、足りなかったんでしょう。連れていかれたんです……呪い殺したそのお相手に」
刑事二人は、顔を見合わせる。
環の話の通りであれば、ビルの屋上から転落した遺体の腕が消えているのも納得できる。
遺体発見当初、事故か自殺か、それとも殺人か————まるで引きちぎられたかのように肩から先の右腕がなくなっていて、殺人の可能性がどうしても否定できなかったのだ。
「でも、呪っていたとするなら……一体誰を?」
「さぁ、そこまでは。流石にわかりませんね。関係者を調べるのが、あなたたち警察の仕事じゃないんですか?」
環は馬鹿にしたようにフッと鼻で笑う。
短髪の刑事がその表情に顔を真っ赤にして怒っていたのだが、狐顔のもう一人がそれを宥めていた。
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