第20話 怪談話
刑事たちが事情聴取を終えて、コテージを出た時にはすでに夕食の時間帯になっていた。
『心霊キャンプ』の主催側のスタッフとキャンプ場のスタッフでBBQの準備を手伝い、八嶋もその手伝いに参加する。
「ごめんなさいね、待たせてしまって……」
「いえ、いいんですよ。別に大した話じゃないですから」
結局、怪談話を話す時間がなくなってしまった七森に申し訳ないと、八嶋は七森にも参加者と一緒に夕食を食べるように勧める。
ありがたく肉に食らいつき、年上に可愛がられやすい七森はすっかり参加者たちとも打ち解けていた。
七森は聞き上手なのだ。
自らの話を積極的にするわけではなく、話したい人の話に関心を持っている表情で、気持ちのいいタイミングで相槌を打ち、言って欲しい言葉を返す。
彼はそれを無意識に行っていた。
老夫婦や親子、友達同士で来ている中学生の子たち、七森と同じくらいの大学生などなど、様々な年齢の人たちが参加しているその輪の中にすんなりと入って行く。
そうして、夕食の後は予定通り怪談話の時間になる。
七森もちゃっかりその場に参加し、参加者たちの話す怪談を楽しみながら聞いていた。
「ほら、次……あんたの番よ」
「え、私、怪談なんて知らないよ……?」
数人話し終わったあと、七森の隣に座っていた中学生の女の子たちが、こそこそと小声で話し出した。
「いいから、やりなって」
「そうよ。みんなあんたのお話を楽しみにしてるんだから……」
「で、でも……」
「でもじゃないでしょ? 雅がこう言ってるんだから、ねぇ」
「そうよ。雅が言ってるんだから、やりなさいよ」
大人しそうな丸い眼鏡の女の子は、明らかに困っている。
だが、その子以外の四人がクスクスと笑っていて、七森はとても嫌な気分になった。
その雅という子は、眼鏡の子とは顔は名前の通り五人の中では一番容姿が整ってはいたが、笑うと白目がほぼ見えなくなるのが異様に思えて気持ちが悪い。
そうして、眼鏡の女の子は嫌がっていたが、無理やり話をさせられた。
「え、えーと……その……あの……っ」
参加者たちの視線が一斉にその子に注がれ、びくりと肩を震わせる。
雰囲気を出すために、灯されたロウソクしか明かりがないため参加者たちにはよく見えていないが、彼女の顔は恥ずかしさで真っ赤になっているだろう。
「もう、
雅は自分でお前が話せと言っておきながら、その気持ちの悪い笑顔で最初から話すことを決めていた怪談を披露する。
それは人が最後に一人いなくなるというようなオチのありきたりな怪談だったが、何度も練習をしてきたようで、スラスラと雰囲気たっぷりに披露し、参加者たちから上手だったと褒められて、雅は満足気だった。
「さすが雅!」
「すごい怖かった!」
雫ちゃんと呼ばれた眼鏡の女の子は、その間下を向き、ぎゅっとスカートを握り、唇を噛んでいた。
七森は、きっとこの子は何度もこういうことをされていて、それでも、強く拒否できず、逃げることもできないのだろうと思った。
*
「えーと、それでは次はお待ちかねの肝試しを始めましょうか! 場所へ案内する前に、まずはペアを決めたいと思います」
怪談話が終わり数分経った後、主催者側のスタッフがくじの入った箱を持って来た。
くじに書かれた番号の順番でペアを組み、あの墓地に行く。
七森が派遣したあやかしたちは、すでに配置についていた。
ところが————
「九番の方いませんか?」
九番目のペアを発表しようとした時、おかしなことが起こる。
スタッフが問いかけても、見つからないのだ。
参加者は偶数で、溢れるはずがない。
他のペアはすぐに見つかっているのに、九番目のペアになる一人が見つからないのだ。
全員がくじの紙を持っている。
しかし、箱の中を確認すると、九番のくじが残っていた。
「おかしいな……きっちり人数分作っているのに」
今日の参加者に欠席者はいない。
それは出発の時に確認済みだ。
参加者たちはお互いに顔を見合わせる。
一緒に参加した大学生カップル、老人夫婦、親子も自分と一緒に来た家族や友人たちがそこにいることを確認する。
そしてスタッフも一度、名簿に書かれた名前を確認し点呼を取ろうとする……そこで、あの中学生の女の子の一人が言った。
「あの、雅がいません」
テントやトイレ、洗い場や駐車場などを探してみたが、どこにも見当たらない。
スマホに電話をしてみるが、怪談話の時にみんなマナーモードに切り替えていたため、着信音は聞こえない。
「雅ちゃーん!!」
「どこだー!!」
大人たちで手分けして、雅を探すことになった。
七森も八嶋と探して周辺を探す。
キャンプ場ということで、ある程度の明かりもあり、舗装もいくらかされてはいるが山の中だ。
一歩踏み出せば自然の中。
何が起こるかわからない。
川の流れる音や、風に揺れる葉音……
鳥の鳴き声も聞こえ……
「————あっ!」
七森はあの湖の方へ歩いて行く人影のようなものを見つける。
バスの上にいた、あの化け物のだ。
嫌な予感がして、視線で追うとあの化け物より先を歩いている雅を見つける。
「あの化け物……あの子に憑いてたのか」
「化け物……?」
見えていない八嶋は首をかしげるが、七森は説明している暇がない。
もし、あれが呪いの化け物なのであれば、雅は死ぬのではないかと思った。
「ちょっと……あの子!! 危ないわ!!」
七森の視線の先にいる雅の姿を八嶋も捉え、声をあげる。
雅は湖のそばまで来ていた。
まるで引き寄せられるように。
あの湖の妖怪に手招きされるまま、どんどんと進んで行く。
「ダメよ! 湖に近づいちゃ!!」
八嶋は雅を止めようと叫んだ。
七森は走る。
だが、間に合わない。
静かに、音も立てずに湖の中に足を踏み入れた雅は、手招きしているあの妖怪の元へ。
こちらへ来いと、ゆらゆらと揺れていた妖怪の別の手が水中から伸びて、雅を湖の中へ引き込んだ。
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