第19話 事情聴取
「……私、小学五年生の三学期に頃にパパとママが離婚して、そのことをずっと隠してたんです」
苗字が変わったことでからかわれるのではないかと心配した母親が、小学校の卒業までは苗字は父親の方で通し、中学から母親の方の八嶋にしたそうだ。
莉乃の通っていた小学校には小学入試があり、普通ならエスカレーター式にそのまま皆中学に上がる。
しかし、離婚よる経済的な理由もあり莉乃は友人たちとは別の中学校へ進学することとなった。
住む家も学校も変わったため、ほとんど小学時代の友人たちとは疎遠になっていたのだが、それでもSNS上では繋がっている。
最近になって、どこからか莉乃の両親が離婚したのを知った雅という子が、そのことで莉乃をからかうような、そんなメッセージを送ってくるようになったそうだ。
雅が何も知らずにいた他の友人たちにそのことを暴露し、離婚の理由は父親が不倫していたからだとか、相手はまだ未成年だったとか……そんな話が飛び交い、莉乃は憶測だけで盛り上がる友人たちが嫌になっていた。
どうして離婚したのか、莉乃だって正確な理由は知らない。
それなのに、もうこれで将来はいい学校に入れないだとか、こうなったら体でも売るしかないだとか、本当に嫌なことばかり言われるようになる。
実際に会うことはなかったが、それでも莉乃は傷ついていた。
そんな時、ふと、父親が昔教えてくれた嫌なことがあったら、どうしても嫌いな人がいたらやるといいと言っていた呪いのことを思い出す。
父親は割とそういうホラーだとかオカルト的なものが好きだったのだ。
冗談で教えられたことを、莉乃は覚えていた。
莉乃はその方法で、雅を呪うことにしたのだ。
「呪いたい相手の名前を、紙に書いて、手袋の中に入れてくんです。それで、その手袋をした手で深夜二時から二時半の間に木を折るんです。本当は生えてる木から枝を直接折るらしいんですけど、割り箸や鉛筆でもいいそうで……」
それを毎日続けると、呪われた相手に不幸が訪れるらしい。
莉乃はその方法を二週間ほど続けた頃、莉乃の父親が死んだ。
「呪いで死んだのは、その雅ちゃんじゃなくて、君のパパだったってこと?」
「いえ、あの、そうじゃなくて。私のパパは、多分誰かを呪っていたんです。きっと、それで死んだんだと思います。そうじゃなきゃ……あんな死に方しないと思う。それに、パパは人を殺すような強い呪いは自分の命もかけないといけないことがあるって————向こう側に一緒に連れていかれるから、気をつけろって言ってました」
莉乃は父親の葬儀に参列した際、その異様な死体を見ている。
子供が見ていいものでは無いと祖母に言われたが、莉乃は父親の最期の姿をどうしても知りたかった。
「なかったんです。右腕が……」
直接は聞かなかったが、こそこそと話している大人たちの会話から、転落死したとされる現場からも、その腕が見つかっていないことがわかっている。
「連れていかれるって言ってました。だから、きっと、パパは誰かを呪ったんです。それで、あんなことに…………私も、私のこの手も、連れていかれるのかもしれないと思うと……怖くて」
「……なるほど。それは確かに危険だね」
「パパが死んじゃったから、どうやったら呪いを解けるのかも聞けません……あれから、呪いをかけることはやめたんです。でも、もう手遅れな気がして……」
「どうしてそう思うの?」
「だって、最近変なことばかり起こるって、呟いてたから……」
莉乃は環にスマホを渡し、雅のSNSの画面を見せた。
何度か画面をスクロールして、内容を確認すると、顎に手を当てて少し考える。
「そうだね、確かにこれは呪いがかかってるかもしれない。確認のために会いに行ってみようか」
「え……?」
「この『心霊キャンプ』ってやつに参加しているみたいだから」
環は雅の心霊キャンプに参加することが書かれた画像付きの投稿を表示して、スマホを莉乃に返した。
*
「最後にいつ会ったか……なんて、覚えていませんよ」
「お葬式にもいらしてませんでしたよね? 別れたとはいえ、元は夫婦だったのに」
「ええ、私はもう二度とあの男に会いたくなかったので」
事情聴取は、コテージのリビングで行われていた。
何も後ろめたいことはしていないからと、他のスタッフも行き来する中、八嶋は堂々とソファーに座って淡々と受け答えをし、七森はキッチンの方から他のスタッフと一緒に聞き耳を立てている。
「では、いつから香取さんの右腕がないとか、そういうことは知らないと……?」
「腕がない? なんのことです? ニュースでは転落死だと聞いていましたけど」
香取の死は、ニュースでも取り上げられていて転落死であったと八嶋は聞いていた。
不審な点があるとも聞いていたが、それが右腕がないというものであることは知らなかった。
八嶋は葬式に参列しなかったが、八嶋の娘は参列している。
しかし、娘からもそのことは聞いていない。
あれから何か様子がおかしいとは思っていたが、それは自分からしたら若い女にうつつを抜かした憎い男であっても、娘にとっては父親であるからだと思っていた。
父親を亡くしたことで、ショックを受けているのだろうと……
「いえ、知らないのなら結構です。では、他に何か心当たりはないですか? 誰かに恨まれていたとか、自殺するよな悩みを抱えていたとか……」
「わかりません。何度も言いますが、私はあの人と離婚してからは一度も会っていませんので」
それから八嶋は最近の香取について聞かれても、何も知らないと、同じ回答を繰り返すだけだった。
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