第18話 連れていかれる
七森を引き止めたのは、住み込みでキャンプ場の管理をしている
道路沿いにある花壇の手入れをしていたところ、七森が湖の方へ近づいていくのが見えて、止めに入ったそうだ。
「昔からこの湖では、夏になると必ず行方不明者が出るの。だから、不用意に近づいてはいけないわ」
「行方不明者……?」
「ええ、この湖に出る妖怪が手招きしてるそうよ。それに連れていかれると、もう二度と戻ってこられないって言われてるわ」
「手招きしてるそう——……って————」
そうも何も、七森にははっきりと湖の中から手と顔を出している人のようなものが見えている。
こちらへ来いと、今も手招きしている。
しかし、八嶋にはそれが見えていないようだった。
「私の妹もね、昔連れていかれたの」
「そうなんですか……」
八嶋の目は湖の方を見ていたが、あの手招きしている何かのはるか手前を見ている。
改めて自分には見えているものが、普通の人間には見えていないのだと七森は自覚した。
いつからこんな風に見えるようになったのか、全く思い出せないまま、この仕事を始めたが……あまり、見えるということを見えない人間には言わない方がいいだろうと、なんとなく理解はしている。
だが、もし妹が連れていかれたと言っている八嶋に、あそこにその妖怪がいることを伝えたら、一体どんな行動にでるだろうか……とふとそういう考えが過ぎった。
「それにしても、その格好じゃぁキャンプに来たってわけでもなさそうね。何かの営業の方とか?」
八嶋は七森がキャンプ場には似つかわしくない黒いスーツ姿であることを不思議に思う。
暑いのでジャケットは脱いで手に持っている状態ではあるが、靴も山道を歩くような登山靴でもスニーカーでもなく、黒い革靴だ。
「営業というよりは、お葬式の帰り……とかかしら」
ネクタイも黒で、確かにそう見えてしまう。
「あ、いえ、その……今日こちらで行われる心霊キャンプの肝試しのセッティングに呼ばれまして」
「肝試し? ああ、そういえば主催の方が幽霊役にはプロの幽霊専門役者の方を呼んだって……なるほどそれで」
「そうです。そのプロの幽霊専門役者をここまでお連れして……運転手の俺はかなり時間が余ってたのでちょっと散策を」
八嶋が管理を任されているこのキャンプ場で、今日行われるの『心霊キャンプ』は、主催者が参加者の大人も子供も両方楽しんでもらえたらと、プロを呼んだのだ。
それが本当にあやかしであることを知っているのかは、わからないが……
「プロの方ということは、それなりの話も何か知ってるかしら?」
「それなりの話?」
「ええ、肝試しが始まる前に怪談話をすることになっているでしょう? 私にも湖の話を——って、頼まれたんだけれど、湖の話は子供達に聞かせたくないのよ。面白がって、見に来るかもしれないし……」
「それは、確かに……」
「何か代わりになりそうな、そんな怪談話があれば教えてもらえないかしら? 暇なんでしょう?」
時間が余っていると自ら言った手前、七森は断ることはしなかった。
そもそも、本当に暇だったので、今まで聞いたあやかしたちの話を少し脚色して話すことした。
そして、近くにある八嶋や他にも数名いる管理スタッフたちが寝泊まりしているコテージへ案内される。
ところが————
「すみません、八嶋
「え、ええ。そうですけど……?」
コテージに到着したところで、二人組のスーツの男に呼び止められる。
一人は見るからにがっしりとした体型で、柔道か何かをやっていそうな短髪の男。
もう一人は、すらりと背が高く、狐のような顔をした男だった。
短髪の男の方が、警察手帳をこちらに見せて、狐顔の男が自分たちの身分を明かす。
「先日亡くなられた、香取総一郎さんの件について、少々お尋ねしたいことがあるのですが、いいですかね?」
*
一方、明石家あやかし事務所には、一人の少女が呪い相談に訪れていた。
「————それで、呪いを解く方法を知りたいと……?」
「はい。ここなら、そういうこともわかるかなって……思って……」
環の向かい側に座り、オトメが出した冷たい麦茶の氷をストローでかき混ぜながら、少女は自分がしてしまったとても後悔している行動について話す。
本当もう頼れるのはここしかないと、駆け込んだのだ。
山の方に住んでいる中学生の少女がこんな雑居ビルの立ち並ぶ場所へ一人で来たのは、それだけ切羽詰まった事情がある。
「なかったことにしたいんです。本当に、あれはちょっとした出来心……ってやつで……」
少女は、とある人物に呪いをかけてしまったそうだ。
しかし、そのことを今とても後悔していて、どうすれば呪いを解くことができるかわからない。
呪いのかけ方は知っていても、解き方がわからないのだ。
「死んで欲しくないんです。あの子は……
「連れていかれる?」
少女はそう呟いた途端、ボロボロと涙を流し始める。
口に出してしまったことで、恐怖と不安に押しつぶされそうだったのを抑えていたのが一気に崩壊したようだ。
「だって、だって……きっと、パパも————」
「うん、うん、ちゃんと相談に乗るから、落ち着いて。ええと、まず、君の名前はなんていうの?」
「……
環は、莉乃の隣に座り、背中を優しくさすった。
「莉乃ちゃん、何があったのか、最初から話してくれる? ゆっくりでいいから……」
そうして、少しだけ落ち着き始めた莉乃の目を、その綺麗な緑色の瞳でじっと見つめて、優しく微笑む。
莉乃はその環の瞳の色を見て、晴れた日のあの湖に似ているなぁと思った。
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