第三章 青い二人

第17話 心霊キャンプ


 夏といえば、ホラーである。

 特に、世間一般でいう夏休みの時期になると、多くのそういったホラー系のイベントにあやかしを派遣することが多くなっていた。

 明石家あやかし派遣事務所では、今が一年で忙しい繁忙期なのだ。

 その内の一つに、『心霊キャンプ』というなんとも怪しげなイベントがあった。


「なんですか? 心霊キャンプって……」

「あぁ、なんか去年まで普通のキャンプだったんだけどぉ……お客さんが集まらなくて、テーマを決めてやってみることにしたそうよ」


 オトメから渡された資料によると、昼から夕食までの間は普通のキャンプと同じく、みんなでテントを張ったり、焚き火をしたりするのだが、夕食後は怪談話を語りあう時間が設けられている。

 この怖い話を聞いた後で、近くにある廃村の墓地を回る肝試しが行われるそうだ。


「この肝試しに、あやかしを派遣して欲しいって主催者側からご依頼があってね。それで、今手が空いてるあやかしを何人か連れていって欲しいんだけど……」


 オトメは今手の空いてるあやかしの中から、誰を派遣するか決めるのが面倒なようで、あやかしのスケジュール表を七森に押し付ける。


「七森ちゃんが決めて。墓地にいたらそれはそれは怖そうだなーと思うあやかし」

「え、俺がですか?」

「どこにどういうあやかしを派遣したらいいか考えるのも、社員の仕事よ? あやかしの運転手だけが仕事じゃないんだから!」


 オトメはまだまだ仕事があるからと、別件の資料を持って所長室に行ってしまった。

 七森は仕方がなく、そのスケジュール表を見て空いているあやかしの中から墓地にいてもおかしくないようなあやかしを選定する。


「えーと、空いてるのは……砂かけババァ、猫娘、ねずみ男、子泣き爺……いや、流石にアレすぎるな」


 このメンツだと、いくらあまり妖怪やホラーに詳しくない七森でも流石にアレだと思った。

 考えた結果、老婆の幽霊、落武者の幽霊、鬼火を派遣することに。

 七森はいつものように車に彼らを乗せて、キャンプ場までの道のりは楽しく雑談しながら進んだ。



 *



 駐車場について車を停めると、プロのあやかしたちはどのあたりで誰が出て行ってどう驚かすか……と相談を始める。


 停める前に現場を確認して見たが、まだ日が暮れていないということもあり、肝試しが行われる墓地に怖い雰囲気というものはなかった。

 確かに、廃村の墓地ということでほとんど手入れがされてい。

 雑草も生い茂っているが、原っぱにちょっとお墓があるくらいだ。


 それにキャンプ場というだけあって、自然豊かな山の中だ。

 空気もなんだか綺麗な気がして、夏の日差しを反射してキラキラと輝く小川の水も綺麗だった。

 夜になると雰囲気がまた変わるだろうが……


「七森ちゃん待っている間退屈でしょ? ちょっとお散歩でもして来たら?」

「そうですね……」


 老婆の霊にそう言われて、七森は車を駐車場を置いて一人降りた。

 肝試しが終わるまで、かなり時間が空いている。

 ここ数日、忙しく走り回っていた七森にはちょっとした休息だった。


「たまにはこういう自然に触れ合うのもいいな……」


 夏の日差しは強く照りつけるが、川の流れる音や、風に揺れる葉音で少し涼しく感じる。

 そうして、道なりに歩いていると大きく『心霊キャンプ参加者御一行様』と書かれていた大型の観光バスとすれ違った。


「え……?」


 バスの上に、何かが乗っているように感じて、七森は振り返る。

 黒い人影のようなものが見えた気がしたのだ。

 全身が真っ黒なソレはバスの屋根から上半身を垂らし、じっと車内の窓から乗っている誰かを見つめているように見えた。


「なんだ……今の……」


 振り返った時にはもうすっかりバスは遠くへ進んでしまってて、はっきりと細部までは確認はできない。

 しかし、七森にはその奇妙な人影のようなものが、前に一条ゆめかの近くにいた呪いの化け物と同じように思えた。

 七森が普段接しているプロのあやかしたちとは違う、あの気味が悪い化け物に……


「気のせいだった……って、ことにしておこう。うん」


 七森は首を振り、とりあえず、今は何も考えずに自然を満喫しようと、足の向くままにゆっくりと歩き始めた。

 そうして、しばらく何も考えずに歩いていくと、川の反対側に湖のようなものがあることに気がつく。

 とても綺麗な緑色の湖だった。


「すごい……なんだここ」


 環の瞳の色に似ているその美しい湖は、幻想的でまるで異世界に迷い込んだような……そんな感覚を七森に与える。

 その美しさに引き寄せられるように湖に近づいていくと、こちらに手を振る人がいる。

 水中から顔と手を出し、こちらへこいと、招いてる。


 いつからそこにいたのだろう。

 溺れて助けを求めているようなものでもない。

 ただこちらへ来いと、人らしきものがゆっくりと手招いている。


 七森はよく見ようと湖にさらに近づく。


「————だめよ。これ以上は!」


 その時、不意に誰かが七森の腕をつかんで止めた。


「あの湖には近づきすぎてはいけないの」


 七森を止めたその人は、つばの広い麦わら帽子をかぶり、園芸用の手袋とアームカバーをつけたの四十代くらいの女性。


「あの湖には、妖怪が出るから————」


 彼女は眉間に深いシワを寄せて、そう言った。




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