第16話 代役
この日の七森があやかしを届ける派遣先は、テレビ局のスタジオ。
「あ、七森ちゃん! 今日もよろしくね!」
「ええ、こちらこそ。さぁ、乗ってください、のっぺらぼうさん」
「ありがとう」
七森はのっぺらぼうを後部座席に乗せると、車を出した。
「なんですか? それ? お面?」
のっぺらぼうが手に持っていたものが気になって、七森は尋ねる。
今日の派遣先で使うのだろうか?
「ああ、これね、所長さんがくれたのよ。私のために特別に作ってくれたの。ほら、この間のドラマ、私映らなかったじゃない? せっかく頑張ったのに……その話をしたら、作ってくれてね」
「ああ、残念でしたよね。楽しみにしてたのに、『心霊タクシー』」
「そうそう! 頑張ったのに残念だねって……代わりにほら、準主役のアイドルの子のお面を作ってくれたの。なんでも特殊な材料でできてるんですって……」
のっぺらぼうには顔がない。
目も鼻も口もない。
そのかわり、仮面をいくつも持っている。
驚かす時はその仮面を外して、最初は顔があったのに————なくなっている!という事をするそうだ。
「所長が自分で作ったんですか?」
「ええ、そうよ。所長さんはあんな綺麗な顔で、手先も器用なのよ? 羨ましいわよねぇ」
「へぇ……初めて知りました」
もしかして、所長の性別もあやかし達なら知っているのではないだろうか?
何気なく聞いてみようか?と考えていると、事故でもあったのかパトカーと救急車が通ろうとした道を封鎖していた。
「あら、何かしら?」
「事故ですかね? 困ったなぁ、どうやって行ったらいいんだろう」
迂回したことで普段と違うルートでいかなければならなくて、七森は焦る。
このまま道に迷いでもしたら大変だ。
そのせいで、また、どちらか聞きそびれた。
なんとか時間ギリギリにスタジオについて、のっぺらぼうを待っていたスタッフにあずける。
その時、ロビーでは大きなモニターに現在放送中の映像が流れていた。
今夜の九時からの生放送で一条ゆめかが復帰するというCMが流れ、七森は思わず足を止める。
「ああ、今日だったか。帰って見よう……間に合えば」
七森が去った後、モニターには『心霊タクシー劇場版』の特集番組が流れていて、準主役を務めた一条ゆめかの顔が大きく映し出されていた。
*
『続いてのニュースです。今日の夕方、転落したと見られる遺体が発見されました。亡くなったのは実業家の香取
生放送の始まる少し前、ビールを片手に自分の部屋のテレビをつけた七森は、そのニュースで亡くなったとされる男の顔を見て首をかしげる。
「あれ? この顔……どっかで」
しかし思い出せない。
「まぁ、いいか」
その後、いくつかのCMをはさみ始まった生放送の歌番組。
復活した一条ゆめかは、以前と変わらず清楚で可愛らしい姿で歌っていた。
まさか、このアイドルがあんなことをしていたなんて、この先誰も知ることはないのだろうなぁと思うと、知っている自分はそんな他の人間達とは違うのだと、少しだけ優越感に浸る七森。
環から守秘義務あるときつく言われているため、うっかり誰かに言わないようにしなければと改めて思う。
「まぁ、話すような相手もいないんだけど————って、ん……?」
アップで映った一条ゆめかの顎に、何か線のようなものが見えた気がして、また七森は首をかしげる。
「髪の毛……か?」
たったの数秒、きっと見間違いに違いない。
一条ゆめかが歌い終わると、すぐにそのままCMに入った。
『心霊タクシー劇場版〜人を呪わば穴二つ・女の仮面と呪いの手紙〜』のCMだ。
「劇場版とかやるんだ。さすが人気作品だな……」
今日の心霊番組の収録こそ、のっぺらぼうのシーンが使われるといいなぁと七森は思った。
【あやかし特別派遣のご案内】
この度は、明石家あやかし派遣事務所をご利用いただき、ありがとうございます。
あやかし特別派遣について下記の通りご案内いたします。
<ご契約内容>
ご利用プラン:代役コース(一ヶ月自動契約更新)
派遣あやかし名:のっぺらぼう(女)
仕事内容:一条ゆめかの代役として芸能活動。アイドルとしての自覚を持ち、契約期間中は相手の性別問わず恋愛禁止。
<ご利用の注意>
日光には弱いため、できるだけ屋外での番組収録等はお控えください。(一時的に姿が見えなくなる場合がございます)
入浴等は通常の人間と同じく行います。
ただし、化粧を落とす際に顔も一緒に落ちる可能性がございますので、すっぴんはNGでお願いいたします。
<契約更新・解約について>
更新は一ヶ月毎の自動更新とさせて頂いております。
解約の際は担当者までご連絡ください。
解約の手続きとあやかしの回収にお伺いさせていただきます。
その他、ご不明な点がございましたら、いつでも担当者にご連絡ください。
また、弊社では様々なあやかしをお客様のご要望にあわせて派遣させて頂いております。
廃棄物の処理等も行っておりますので、いつでもお気軽にご連絡ください。
派遣担当:環
(第二章 了)
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