第14話 泥沼
二人への謝罪を終えて病室に戻ると、夢花はなんだか憑き物が落ちたかのように体が軽くなったような気がすると言った。
そこで環に渡された呪返鏡の操作方法に書かれていた通り、真ん中の鏡を四回軽くノックしてから鏡を閉じる。
こうすることで鏡がリセットされるそうだ。
操作方法通りにもう一度開くと、夢花と男女五人を映していた呪返鏡は普通の三面鏡に戻っていた。
夢花が再び一人で映っている状態で、「私を呪っているのは誰か」と尋ねてみる。
左右の鏡はゆらゆらと揺れ、浮き上がる五つの顔。
しかし、先ほど謝罪して回った二人の顔が薄くなっていた。
笑うのも辛そうにしていた夢花は、それを見てこれで助かったと涙する。
「これ……本当に効果があるみたいだね、姉さん! これで助かるよ!」
「そうね、凄いわ……!」
確かに七森がちらりとあの化け物の方を見ると、二つあった顔が男の顔一つになっていたのだ。
相変わらずじっと病室の隅に立っているのは不気味で、恐ろしく鏡に映った顔より、この化け物の方がよっぽど怖い。
しかし、夢花にも宏太にも見えてはいないのだから、何も言いようがなかった。
この気持ちの悪い化け物の顔を見て、驚く夢花の表情を見れないのは少し残念ではあったが……
それに環からきちんと謝罪して、相手から許されれば呪いは消えると聞いていた七森は表情には出さなかったが感動していた。
まだまだ呪いについて知らないことは多いが、その未知の世界に触れていくことは七森にとってとても愉しかった。
そうして、効果を実感した夢花は翌日、三人目の女性教師に謝罪へ。
その頃にはもう、夢花の顔色も良くなり、皮膚の腫れも引いていた。
すっかり車の運転も自分でできるほど回復した夢花は、四人目の海斗へ謝罪は姉弟の二人だけで行くことになった。
*
「それでは、お姉様はもうすっかり呪いから解放されたのですね」
「はい! 明後日から、復帰する予定なんです」
宏太が笑顔で明石家あやかし事務所に現れたのは、それから約半月後のことだった。
夢花から、もう呪返鏡には何も映らなくなったと言われたため、返却にきたのだ。
今回のことを反省した夢花は、やっとマネージャーにこれまでの私生活を打ち明け、二度と同じ間違いは犯さないと誓い、今では復帰に向けて動いている。
宏太と一緒に呪返鏡を運んできた男性マネージャーは、次の仕事があると行って先に帰ってしまったが、宏太は二人にお礼が言いたいと所長室に残っていた。
「あれから姉さんもすごく変わって……前の明るくて元気な姉さんに戻ったんです。まぁ、自慢の姉というのにはちょっと、その……過去がドロドロしすぎというか、こんなこと現実にあるのかと思ったんですけど……。五人目の方への謝罪も、一人で行ってきて……改心してくれたんだと思います」
姉がちゃんと過去を清算して、変わってくれたことが嬉しいのだと話す宏太を見て、環はオトメがいれてくれた冷茶を飲みながら、にこにこと微笑んだ。
「それはよかったですね。お姉様が悔い改めて、変わられたなら今後はもう呪われることもないでしょう。以前弊社で担当した似たような事案では、まったく反省せずに亡くなられたという方もいましたから。最終的に法廷で泥沼の争いをした後——……呪いではなく、普通に刺されましてね……それはそれは大変でした」
「はは、それなら大丈夫ですよ。姉さんはちゃんと反省して、これからはファンのみんなを裏切るようなことはしないって、約束してくれましたから。それに明日から夏休みに入るので、俺もその間姉さんのマンションで一緒に住むことになったんです。監視役としてでもあるんですけど」
環の隣で話を聞いていた七森は、初めてここに来た時よりもハキハキと明るく話すようになった宏太がすごく成長したように思えた。
見るからに気弱そうだった少年は、今はとても堂々としているように見えて、しっかりした頼り甲斐のある弟という感じだ。
「本当にありがとうございました。呪い屋さんたちのおかげです」
宏太は改めて深々と頭を下げる。
「いえいえ、きちんと反省したお姉様が頑張ったんですよ。我々はほんの少しお手伝いさせていただいただけです。また何か困ったことがあれば、いつでもご連絡ください。弊社では、呪い相談だけではく、あやかしの派遣も行っておりますので」
そんな宏太に、環はこの事務所のパンフレットを渡して、そう言った。
*
軽い足取りで事務所を後にした宏太を、所長室の窓から眺める環。
一方で、七森は閉じられてただの大きな板となっている呪返鏡を見ていた。
「あの、所長、この鏡って、呪われていない人間が見たら何も起こらないんですよね?」
「うん、そうだよ」
視線は窓の外を向けたまま、環は七森の問いに答える。
「俺も、試しにやってみてもいいですか?」
「別に構わないけど……何、七森くん呪われてる自覚があるの?」
「いや、その、気になるじゃないですか」
自覚せずに誰かを傷つけてるかもしれない。
もし呪われているなら、今直ぐ謝りに行かないと……などと思いながら、七森はそっと呪返鏡を開いた。
しかし————
「え……?」
自分の顔が映るはずなのに、真ん中の鏡にはすっかり元気になっている夢花が映っていて、左右の鏡には、一人の男の顔がはっきりと映っていた。
リセットをせずに閉じられていたのだ。
それは五人目の男。
夢花が最後に一人で謝罪に行ったはずの男の顔だった。
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