第13話 トロッコ問題
一人を殺し五人を救うか、一人を救い五人を殺すか。
これがかのトロッコ問題と違うのは、一人は身内で五人は他人だということ。
さらに、その身内は姉であり、悪いことをした人間だということ。
五人の内一人は、親友とはいえ血が繋がっているわけではない他人で、他の四人に関してはどこの誰かすらわからない。
しかし、その五人は恨まれるような悪いとをしたのではなく、された側だ。
「どちらかだなんて…………そんなの、私に決まってるでしょう? 私、何も悪いことなんてしてないわ。傷つけただなんて……そんなことしてない……! その呪いなんとかってやつでこの痛みから解放されるなら、今すぐやってください! お願いします!!」
「お姉様、私はあなたではなく、山河様に聞いているのです。ご相談いただいたのは山河宏太様であって、お姉様ではありません」
「そんな……!!」
「お姉様ご自身が呪い返しを希望なされるなら、新しく諸々の手続きが必要なのです。しかし、このままでは手続きが終わる頃にはあなたの命はもう……」
宏太はじっと鏡を見つめたまま、何も言わなかった。
夢花が必死に、「助けて」「私はお姉ちゃんなのよ」「家族を助けるのは当然でしょう」と哀願するが、悩んでいる様子だった。
二人の様子を見ていた七森はもしも自分が宏太と同じ状況であったなら、迷わず五人を助ける。
迷っている宏太が不思議でならない。
身内がなんだというのだろうか。
血が繋がっていようが、なかろうが、悪いことをした人間が一人、その報いを受けて死ぬ。
ただそれだけのことじゃないかと……
しかし、悩んでいる宏太がかわいそうになってきた。
彼はまだ高校生で、それも中学生と間違われてもおかしくないくらいに細くて気の弱い少年だ。
そんな少年の選択ひとつで、人の死が左右されるのだから……
それにこの少年には何の罪もない————
「あの、所長」
「なに? 七森くん」
迫り来る死に怯えている姉と、選択を迫られ困っている弟を愉しそうに見つめていた環に、七森は尋ねる。
「呪い返し以外に、呪いから逃れる方法はないんですか?」
どちらかではなく、どちらも助かる方法はないのだろうか。
その二択以外に、選択肢はないのだろうか。
「……あるよ」
「————あるんですか!?」
ずっと鏡を見ていた宏太が、泣きそうな目でこちらを向いた。
「でも、この場合、お姉様が頑張らなければならないけど……できます?」
環は夢花を緑色の瞳で見下し、小首を傾げる。
「……で、できます!! なんだってするわ!!」
死ななくて済むのなら、どんなことだってできると思う夢花は必死だ。
「では、謝罪をしてください」
「……しゃ、謝罪!?」
だが、環の口から出てきたのは意外なことだった。
「ええ、心から謝罪し、ご自分がお相手の方にどれだけ酷いことをしてきたのか自覚し、悔い改めてください。お相手が許してくれるまで、何度も」
「それ……だけ?」
「それが意外と難しいのですよ。特に、お姉様のような方にはね……」
*
病院を抜け出した夢花と宏太を乗せて、七森はあの鏡に映っていた一人の男性の家へ向かう。
夢花の淫らな生活は、マネージャーもや事務所の社長も、実の親も知らないままだ。
宏太は反省する気があるなら、正直にみんなに話すべきだと言ったが、そんなことは出来ないと夢花は頑なに拒んでいた。
その為、密かに移動することは出来ない。
電車やタクシーを使えば騒ぎになるだろうし、夢花は免許を持っているがこの体調では運転なんてできない。
そこで七森が同行することになった。
夢花が道案内のため助手席に座り、宏太がその後ろに乗ったのだが、気づいたらあの化け物もいつの間にか後部座席に……
バックミラーに映る化け物に一瞬ゾッとしたが、どうやらこの呪いの化け物は夢花のそばを離れないようで、七森は仕方がなくそのままアクセルを踏んで車を走らせた。
「姉さん、この人とはいつからいつまで?」
「えーと、確か……デビューする少し前、だったかしら」
車中で夢花の隠していた恋愛事情を聞かされたが、それはそれは酷いものだ。
もう裏の顔を知られてしまったのだから仕方がないと開き直ったのか、清楚が売りのアイドルとは思えないほど下品な言葉が次々と……
「も、もういい。わかった……聞きたくない」
そうして、一人目の
岡野は社長令嬢と婚約していたが、まだ未成年だった夢花と関係を持ち、夢花に散々遊ばれた挙句、捨てられたのだ。
もちろん、未成年とそんなことをしたなんて言えるはずもなく、夢花に夢中になっている間にその令嬢との婚約を破棄したせいで、親の会社は倒産。
それからどんどん不幸な目にあっていった。
「お前のせいで……俺は……っ!!」
「ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」
憔悴しながら必死に頭を下げて、泣きながら謝罪する夢花。
宏太も姉が酷いことをしたと一緒に頭を下げる。
「愛していたんだ……本当に……」
心から謝罪し、慰謝料として相当な額を支払うことを約束した。
そして、次はその社長令嬢である。
「え、どうして……? なんでその社長令嬢に会いにいくの……?」
「どちらとも……付き合ってたのよ」
「……は!?」
七森はあまりに驚きすぎて急ブレーキを踏んだ。
「岡野さんの婚約者で、社長令嬢だっていうから……お嬢様ってどうなのか興味があって」
「……それで、両方と関係を……?」
「ええ、まぁ」
二人目の社長令嬢にも謝罪。
こちらは夢花のせいで女性としか関係を持てなくなってしまったらしく、そのことが同性愛を認めない父の逆鱗に触れ、無理やり知らない男と結婚させられたり……と、思いつめて自殺まで考えたらしい。
七森は頭を抱えた。
こんなに酷いなら、呪われて当然だと……
「申し訳ございませんでした」
宏太には夢花と謝りながら、どうかこれを機に心を入れ替えて欲しいと願うしかない。
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