第12話 十二の瞳


 清楚で可愛らしいと人気のアイドル——一条ゆめかの裏の顔を、実の弟は知らなかった。

 いつも明るく綺麗で優しい姉は、内向的で気弱な弟にとって自慢の姉である。

 五歳年上ということもあり、幼少期に両親が忙しいときはよく二人で過ごし、面倒を見てもらっていたし、姉が友人たちと出かける時について行くこともあった。

 宏太が中学生になる少し前に、夢花はアイドルになる準備のため実家をはなれたが、時間があれば度々実家に来ていたし、疎遠というわけでもない。

 むしろ、仲が良すぎるくらいの姉弟であった。


 それなのに、その自慢の姉は弟の知らないところで弟の親友に手を出し、その他にも四人の男女と関係にあったのだ。

 正確にいえば、呪われていないだけで他にも多くの男女と体の関係があるような、淫らな女だった。


 あまりの衝撃に、宏太は震える。

 今まで気づかなかった自分自身も情けない。

 思い返せば、海斗は何かに悩んでいるようなそぶりを見せていたような気もしてくる。

 気の弱い宏太にとって、自慢の姉である夢花と同じように、海斗は自慢の親友なのだ。

 虐められていた宏太をいつも助けてくれて、海斗と親友だからこそ、学校でも海斗のおかげで他の友達との輪も広がった。


「————ちょっと遊んだだけよ。それに、みんな、私との関係は誰にも話してないし……そういう約束で別れたのよ?」


 軽蔑するような視線を向けられ、夢花は焦る。

 何も知らず純粋な目をしていたはずの弟が、まるで汚物でも見ているかのような目をしていて怖かったのだ。


「そんな、恨まれたり、呪われるような別れ方なんて……うっ……」

「ね、姉さん!? また痛むの!?」


 しかし、自分に非はないと彼女が言い訳をすると、急に体が痛み出した。

 首から肩にかけて、ヒリヒリと……

 宏太は痛がる姉に寄り添い、一方で、その瞬間を見ていた七森は環の方を見た。


「ちょっと、所長、今のって————」

「うん、呪いが動いたね」


 病室の隅に立っていた二つの顔を持つ化け物の口から、何か黒いものが吐き出されたのだ。

 それが夢花の首から肩にかかり、痛い痛いと苦しむ。


「呪いが……動いた?」


 環は七森に小声で教える。


「もちろん君にもアレが見えているだろう? アレは、呪いの塊だよ。まだ未完成だけど……アレが完全に形を成したら、あの女は死ぬよ」

「そんな……止めることはできないんですか?」

「呪返鏡を使えば、呪い返しをすることはできる。でも、返された呪いは呪ったあの五人に跳ね返るんだ。倍以上の力でね。人を呪わば穴二つとはいうけど、呪いのやり方や種類によっては、人一人分の命で相殺できるものでもないんだよ」


 呪い返しをすれば、夢花は助かる。

 だが、呪っている五人はその代わり確実に死ぬのだ。


「呪われて当然のことをした悪い人間が助かって、被害にあった人間が代わりに地獄に落ちるんだ。君はどう思う? 七森くん」

「どうって————そんなの、おかしいです」

「どうして?」

「地獄に落ちるのは、悪いことをした人間でしょう?」

「そうだね。じゃぁ、このまま何もせず、呪い殺されるのを見ていようか?」

「え……? でも、夢花さんは呪われるような別れ方はしてないって————」

「まさか。そんな別れ方をしているなら、こんなに呪われるわけがないよ。そうとう酷い別れ方をしているか、捨てたんだろうね。芸能人である彼女に対しての嫉妬や羨望からくるものでもないよ、この呪いは」


 七森はその呪いの化け物をちらりと横目で見る。

 この化け物は、事務所で普段から接しているあやかし達とは違う存在のようだ。

 プロのあやかし達は気さくで、愉快で、人を驚かすことを楽しんでいる。

 そのせいか、七森はあやかし達を怖いとは思わない。

 気持ちが悪いとも思わない。

 だが、この呪いでできた化け物は、七森の目から見ても気持ちが悪いほど恐ろしかった。

 本能的にを感じてしまうからだろう。



「————山河様」


 環は苦しむ夢花を心配している宏太に、わざと眉を下げ、悩ましげな表情をしながら尋ねる。


「やはり呪いの原因はお姉様の不貞行為が原因ですね。このまま呪い返しでお姉様を助けることはできますが、そうなると、こちらに映っている五人の方々が死んでしまいます。どうしますか?」

「……どう、って?」


 宏太の肩に手を置き、鏡の方を向ける環。

 正面に映る姉と、五人の男女の十二の瞳が動き、一斉に宏太の方を向いた。


「人の心と体を弄んだご自慢のお姉様と、呪うほど傷つけられたご友人のどちらを選びますか?」




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