第11話 顔


 一条ゆめか————本名・山河夢花ゆめかの病室は大きな大学病院の十三階にあった。

 白を基調とした病棟内で、黒いスーツにネクタイの不審な男たちが大きな板を運んでいく。

 患者や病院スタッフにかなり注目されながら、なんとかエレベーターに乗り込み、七森と環はここまで来たが、夢花は何も聞いていなかったようで戸惑っていた。


「宏太、この人たちは……誰?」


 上体を起こしてくれているが、この体勢も辛いのか真っ青な顔で、無理に笑顔を作っている姿は、見ているこちらが痛々しくなるほどだ。

 呪いのせいなのか、身体中のいたるところが急に痛くなったり、何か重いもので押しつぶされているような感覚に襲われるのだという。

 皮膚が火傷のようにただれているということもあって、首や鎖骨あたりの肌が赤く腫れ上がっている。

 ろくに食事も取れず、ただでさえ一般人より痩せているアイドルの体はますますやせ細り、顔も普段なら大きな二重の丸い目は目を開けているのも辛いのか今にも閉じそうだ。


 それに、七森の目には病室の隅に立っている人ならざるものの姿がはっきりと見えている。

 黒いローブのようなものを着ていて、体は人間のそれと同じなのだが、首から上が二つに分かれている。

 二つの頭を持つ、化け物だ。

 片方は男で、片方は女の顔をしている。


 あの化け物がなんなのか今の所わからないが、どちらの顔もじっと夢花を睨みつけていることから、呪われているというのは間違いではないだろう。

 七森はあまりにその化け物が気持ち悪いので、できるだけ見ないように努める。


「呪い屋さんだよ。姉さんの呪いを解いてもらおうと思って、呼んだんだ」

「呪い……? 何、言ってるの? そんなのあるわけないでしょう? これはきっと、何かの病気で……すぐに治るわ」

「姉さんこそ、いい加減わかってよ。すぐに治る病気なら、原因不明なんてことがあるわけないじゃないか……! 呪いのせいなんだ。ちゃんと見てもらおう?」


 呪い屋さんってなんだ……と思いながら七森は事前に環に指示されていた通り鏡をベッドのすぐそばに置く。

 慎重に、ゆっくりと。

 これは非売品のレンタル商品なので、壊したら大変なのだそうだ。

 その間、にこにこと微笑みながら環は夢花に名刺を差し出した。


「私、明石家あやかし派遣事務所所長の環と申します。原因不明の痛みに悩まされているとお聞きしました。我々はお姉様が本当に呪いのせいでこうなられているのかを確かめに来たのです。呪いを受けているのであれば、すぐにご希望にあった対応をさせていただきますし、呪いを受けていないのであれば、この鏡には何も映りませんので、すぐに撤収いたします」

「……鏡?」

「七森くん、鏡を開いて」

「はい」


 七森は呪返鏡の黒い丸い輪っかを引いて鏡を開いた。

 キキィと立て付けの悪いドアを開けた時と同じような音がして、現れた三つの鏡面には真っ青な顔の夢花、環、一緒に様子を見ている宏太が映る。


「ただの鏡じゃない……何も変なものは映ってなんか……」


 七森に見えている化け物がいるのは鏡の裏側が向いている方で、当然鏡には映らない。

 てっきり鏡にあの化け物を映して、本人に認識させようとしているのかと思った七森も、鏡を覗き込んで見るが特におかしなことは起きているようには見えなかった。

 実は鏡を通して化け物が見えるようになったりするとか、そういうことでもないらしい。


「ええ。そうですね。道具は正しく使わなければ何も起こりません。では、お姉様がお一人で映っている状態で、と鏡に向かって尋ねてください」


 そういうと、環は宏太の手を引いて鏡から離れる。


「七森くんも、映らないように下がって」

「は、はい……!」


 そうして、夢花だけが映っている状態になった。

 夢花はそんなことをして何がわかるのだろうと、信じてはいなかったが、宏太が「早くやって」と急かすので仕方がなく環に言われた通り鏡に向かって尋ねる。



 すると左右の鏡が誰も触れていないのに、ゆらゆらと揺れ始め、夢花だけを映していた鏡に、別の顔が浮かび上がり始める。


「え……?」


 奇妙な現象に動揺する夢花。

 今にも閉じてしまいそうだった大きな丸い目が、飛び出してしまいそうなくらいに開いていく。


「出ましたね」


 不思議なことに、環が後ろに立っても、宏太が覗き込んでももう鏡に二人の姿は映らない。

 七森も覗き込むと、両側の二枚の鏡には、男性が三人、女性が二人映っていた。

 その五人の顔が、真ん中の鏡に映る夢花を睨みつけているのだった。


「見覚えはありますか? こちらの方々に」

「な、ないわ。知らないわ。誰よ。こんなの……私、知らない————」


 知らないと言い張るわりには、あまりにも動揺している。

 それは誰の目から見ても明らかだ。


 そして、宏太はそのうちの一人、黒髪に眼鏡をかけた高校生くらいの男の顔を指差して言った。


「え……これ、海斗かいと?」


 海斗とは、宏太の小学からの同級生で、親友だ。

 夢花が一条ゆめかになる前から、何度も実家に来ている弟の親友の顔を知らないはずがない。


「姉さん、これ、海斗だよね……? え? なんで、嘘つくの? 知ってるじゃないか」

「そ……それは————その……だって……」


 夢花はなんとかごまかそうとしたが、環が釘をさす。


「正直にお話した方がいいかと。このままだと、お姉様は本当に死にますよ」

「————姉さん!! 本当のことを言ってよ!!」

「……ちょっと、遊んだだけよ」


 そこに映っている男女五人は、全員、夢花に弄ばれた五人だった。


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