第10話 呪ってやる
呪い相談は、いつも環が引き受けている。
そんなに頻繁にある仕事でもないし、七森が相談を受けるのは初めてのことだった。
どう進めたらいいのかもわかっていなかったが、とりあえず詳しく話を聞いてみると、少年の名前は
背も低めで、脂肪も筋肉もあまりついていないような細身なのだが、現在高校二年生らしい。
そして、呪われているかもしれないのは、宏太自身ではなく、彼の姉だった。
「それで、どうして呪いのせいだと……?」
「だって、急になんですよ。俺と違って、姉はいつも明るくて、元気で……俺にとって自慢の姉さんだったんです。そんな人が、急に倒れて……入院している今も、原因も不明なんです。それに、こんな手紙が何通も届いていて」
宏太は七森に手紙を渡した。
それは真っ赤な文字で、『呪ってやる』『死ね』『殺してやる』など恨みつらみが書き殴られている上、筆圧が強く所々破けている。
「髪の毛とか、カッターの刃も入ってました。事務所だけじゃなくて、自宅にも……」
「……事務所? お姉さんはどこで働いてるの?」
「ああ、その、姉はアイドルなんです。
一条ゆめかといえば、つい最近体調不良により一時活動を休止すると報道されたばかり。
これぞ正統派アイドル!っというのが売りで、清楚で可愛らしいと大人気だった。
まるで昭和のアイドル全盛期を彷彿とさせる——と、年配から若者、さらに同年代の女性からの人気も高い彼女の休止は、かなりの話題となっていたため、七森も知っている。
その体調不良の原因が呪われているせいであると、宏太は訴えているのだ。
「事務所の人たちは、この手紙を送ってきた悪質なストーカーとか、アンチのせいで精神的に疲れたんじゃないかって考えているようで……でも、俺は見たんです。姉さんの病室に、なんというか……黒い影みたいなものが入って行くのを————」
見舞いに来ていた宏太が、病室から出て帰ろうとした時、誰かとすれ違ったような気がしたそうだ。
しかし、家族と関係者以外は病室に入ることも近づくこともできないはずだと振り返って、病室の方を見ると、一瞬だが部屋の隅に何か黒い影のような靄のようなものが見えた。
それがとても恐ろしいものに思えて、さらに『呪ってやる』と書かれたあの手紙が頭をよぎりゾッとする。
「それで、前にこのビルの前を通った時に『呪い相談受付中』って書かれていたことを思い出して……」
「なるほど……」
七森は困った。
てっきり、呪い殺して欲しい相手がいるのだろうかと思っていたからだ。
確かに呪われている側も自分が呪われていると気づいたらどうしたらいいのかわからず相談に来るパターンもあるだろうと、よく考えればわかることなのだが……
最初に少し関わった相談が呪い殺す云々の話だったため、そう思い込んでしまっていた。
「呪われる側にも原因があると思うけど……心当たりはないの? お姉さん、誰かにすごく恨まれるような悪いことをしているとか」
悪いことをするから、恨まれたり呪われたりするのだろう。
一条ゆめかが呪われていると言うのなら、恨まれ、呪われても当然な何かをしているはずだと……
そして、悪いことをした人間は地獄に落ちるのだから、一条ゆめかも死んだら地獄に落ちるだろうと……
「原因? ありませんよ、そんなもの!! 姉さんは、すごく優しくて、綺麗で、清らかで、こんな俺が弟だんて申し訳ないくらい、素晴らしい自慢の姉なんです!! 呪われるようなことなんてしていませんよ!! 誰かに恨まれるようなことなんてするわけがない!!」
宏太は七森に姉を貶されたと思ったようで、激昂する。
身内なのだから怒って当たり前だ。
それにこの大人しそうな少年は、とても姉のことを信頼し、尊敬しているようだ。
「はぁ……はぁ……」
立ち上がり、ひとしきり大きな声で叫ぶように言い切ると、肩を揺らしながら息を切らしていた。
「————いやぁ、うちの社員が申し訳ない。まぁ、まぁ、とりあえず落ち着いてください」
宏太がこんなに怒ると思っていなかった七森は、驚いて目を丸くしていると、シャワーを浴びていつもの綺麗な多分男装の麗人に戻った環が事務所へ戻って来るなりそう言った。
「お待たせしてすみません。所長の環です。ご相談内容は、要するにそのお姉様が理不尽にかけられている呪いを解きたいと、そういうことですね」
「……そうです」
宏太はもう一度椅子に座ると、環はにこにこと微笑みながら提案する。
「まずは、お姉様がどのような呪いを受けているかを確認する必要があります。ご本人に直接お会いしたいのですが、明日病室へ行っても?」
「……は、はい!」
「では、念のため呪い返しができるように用意しておきますので……ご連絡先をこちらに」
環は申し込み用紙に名前と連絡先を記入を促すと、宏太はこれでどうにかなると安心したのか、泣きながらペンを走らせた。
*
「すみません、俺……あの子を怒らせてしまって————」
宏太が帰った後、七森は環に頭を下げた。
相手が高校生とはいえ、大事なお客様を怒らせてしまったと反省しているのだ。
「いいんだよ。まだ経験のない君一人に無理に対応させてしまった僕が悪いんだ。気にしないで」
環はポンと七森の肩に手を置き、顔をあげさせると所長室の隅に置いてあった一般的な家のドアより一回り小さいくらいの古そうな木の板を指差した。
よく見ると、黒い蝶番と取っ手がついていて、開くと内側全面が鏡になっている————大きな三面鏡。
「でも、少しずつこっちの業務も覚えて欲しいと思っていたからちょうどいい。何事も実際に見ながらの方が一番だしね」
「実際に見ながら?」
「明日、七森くんも一緒に来てくれるかな? あれを運ぶから」
それは
この鏡に呪われた人間がこの鏡を見ると、呪っている人間の顔が映るらしい————
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