第8話 愉しい仕事
「————それで、そのままそこで働くことにしたのかい?」
「ええ、そうなんです。大家さんのおかげですよ」
試用期間の三ヶ月が過ぎた頃、取り壊しが始まったアパートの前で七森はあの怪しげなビルを紹介してくれた大家と再会した。
一応、初めての一人暮らしをしていたアパートだし、最期を見届けようと立ち寄ったのだ。
重機の振動と、崩れていく外壁を眺めながら七森は大家に正式に就職したことを報告した。
流石に、大家はあの怪しい事務所が本当にあやかしのいる派遣事務所だとは思っていないようだったので、「主に役者さんを必要としているところに送り届ける仕事をしている」とはぐらかしたが……
とにかく、愉しい仕事だと嬉しそうに語った。
「事務所にいる人たちはとても気さくで、個性的な人たちばかりで、すごく愉しいんです。所長はつかみどころのない人ではありますけど、多分、優しい人だし」
「そうかい、そうかい、それは良かった」
七森の笑顔を見て、大家は安心する。
申し訳なく思っていたのだ。
職を突然失い、それとほぼ同時に家も……なんて、こんな若者にかわいそうなことをしてしまったと。
そんな時、たまたまあのシェアハウスの空きがあることを人づてに聞いたのだ。
真っ先に七森に紹介して正解だったと思った。
それも家だけでなく、新しい就職先まで決めてしまったのだから。
大家は七森の表情が倒産したあの会社にいた頃より、ずっと明るくなったように感じる。
「それじゃぁ俺、そろそろ次の現場に行かなきゃならないので失礼しますね」
七森は深々と大家に頭を下げると、通りに停めてあった黒い車に乗って行ってしまった。
「うーん、それにしても、あの黒いスーツに黒いネクタイじゃぁ、なんだか葬式にでもいくように見えてしまうなぁ……今度会ったら、使ってないネクタイをいくつかあげようかなぁ」
大家はそう独り言を言ったが、その声は重機と崩れていく外壁の音でかき消される。
*
「七森ちゃん、次の現場はなんだって?」
「えーと、廃校を利用した謎解き脱出ホラーゲームのイベント会場ですね。一ヶ月の期間限定ですけど、いつも通り驚かしていきましょう!」
「あらら、謎解き? 今の時代、本当色々なのがあるのねぇ……」
「あらやだ花子ちゃん、そんなオバさんみたいなこと言わないの。まだ若いんだから」
「嫌だな、若いって言っても、妖怪になったのもう四十年近くも前の話よ? テケテケちゃん」
「ふふふ、確かにそうねぇ。時間が経つのって早いわねぇ」
今日も仲良く談笑しながら七森は現場にプロのあやかしを派遣する。
環が初日に言ったように、どういうわけかはっきりとあやかしを見ることができる七森にここの仕事はとても向いているようだ。
驚いている人の顔を想像しただけで、笑ってしまう。
恐怖に怯えている人間の顔はとても愉快だ。
あやかし派遣の仕事は、とても愉しい仕事だと七森は思っていた。
しかし、それは明石家あやかし派遣事務所の業務の一部でしかない。
この仕事に向いている本当の理由を知るのは、まだ少し先の話である————
【呪いの儀式のご案内】
この度は、明石家あやかし派遣事務所呪い相談をご利用いただき、ありがとうございます。
<お客様が行う儀式>
使うもの:本日設置したアタッシュケース型
実行時間:毎晩、深夜2時から2時30分の間
1、持ち手を真上に引き上げ、お相手の顔を思い浮かべます。
2、「死ね」と口に出して言います。(声量は小さくても大丈夫ですが、できるだけはっきりと言いましょう)
3、真下に降ろし、写真に押し付けます。(強い力はいりません。その分「死んで欲しい」という思いを込めてください)
4、1〜3を30分間繰り返します。
5、呪箱がずっしりと重くなれば完成です。
※効果が出るまでは、絶対に箱を開けて中身を確認しないでください。お相手ではなく、お客様に呪いが降りかかります。その場合、弊社では一切の責任を負いません。
<ご使用後の廃棄について>
呪箱の廃棄は弊社で行います。
使用後の呪箱が軽くなっていることを確認し、呪箱と使用したお相手の写真、こちらのご案内用紙を受付までお持ちいただくか、担当者へ直接ご連絡ください。
決してご自分で処分しないようにお願いいたします。
その他、ご不明な点がございましたら、お気軽にご連絡ください。
お客様の呪いが成就し、笑顔でお会いできる日を、楽しみにしております。
呪い相談担当:環
(第一章 了)
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