第6話 ご愁傷様
「この度は、ご愁傷様でございます……」
進藤の葬儀には、多くの参列者がいた。
しかし、彼の親族以外は誰一人として、参列などしたくなかっただろう。
七森に進藤の死を伝えたあの友人は、父親が進藤の親が経営している会社の社員だそうで、世間体を保つために地元に残っている友人だけでも参列するように頼まれたそうだ。
故人を偲ぶ友人たちがたくさんいると、思わせたかったのだろう。
小中高、そして大学と、進藤と同級生だった友人たちを寄せ集めたようだが、誰一人その死を悲しむ様子はなく、むしろ、祭壇の中央に飾られているあの金髪を見て、過去の嫌な思い出が蘇って気分が悪くなる。
中には進藤の死が嬉しいのか、ニヤニヤと笑っている人も。
「ひき逃げって聞いたけど、犯人は捕まったの?」
「見つかってないそうよ。まぁ、そんな遅い時間帯まで遊び歩いているのが悪いんだから、自業自得よね」
「こんな簡単に死んでくれるなら、もっと早く轢かれればよかったのに」
葬儀が始まる前の会場では、そんな会話があちらこちらで飛び交っていた。
最前列に座っている親族には、ただの雑音にしか聞こえていないだろう。
本来なら、七森は友人から頼まれても進藤の葬儀になんて参加するわけがなかった。
しかし、進藤の死を知ったあの瞬間、頭に『呪い殺して欲しい』と言っていた由香里の顔が浮かんだのだ。
環からは「少し驚かすだけ」と聞いていたが、本当に呪いのせいで死んだのではないか————と思わずにはいられなかった。
本当にそうなら、あの時、高松の家に呪うための呪具を運んだ自分もその呪いに加担したことになるのではないだろうかと考えてしまう。
「いやぁ、随分と人が集まっているね。君の話じゃ、そんなに人に慕われるような人間には思えなかったけど……」
「……しょ、所長!? どうしてここに……?」
考え込んでいた七森の隣に、いつも通りの黒いスーツ姿の環が座った。
そして驚いている七森の唇に人差し指を押し当てて、環はにっこりと微笑んだ。
「シーッ、そろそろ始まるよ」
「は……い」
普通その手は、自分の口元に持ってくるものじゃないのかとも思ったが、僧侶が三人並んで祭壇の前で経を唱え始めてしまい、七森は静かに口を
「えっ」
しかし、それもほんの数秒だ。
七森は、環に尋ねずにはいられなかった。
見覚えのある人物がいたのだ。
喪服を着た三、四十代の女性。
あの時、事務所に『呪い相談』に来ていた高松由香里が、参列者の中にいるのを見てしまった。
「しょ、所長……どうして、高松さんが?」
「まったく君は……好奇心が旺盛でこまるな。静かにしなよ、お葬式の最中だぞ?」
*
葬儀が終わり、会場を後にする参列者たち。
由香里を含め、何人かの参列者が出口のすぐそばにいた七森と環の方を見て会釈してから去って行った。
その誰もが、葬儀というくらい重々しい雰囲気よりも晴れやかな、清々しい笑顔で、急遽集められた友人たちも、その場に残ることなくさっさと解散していく。
「それで、一体、何がどうなってるんです? まさか本当に、呪いで殺した————って、わけじゃないですよね?」
「まさか。ひき逃げによる事故死だとはっきりしているじゃないか」
「でも、こんな都合よく、人が死ぬなんて————それに、あの相談で、呪い殺して欲しいって……」
七森は自分が運んだあの黒いアタッシュケースのせいで、本当に呪われて進藤が死んでしまったのではないかと不安だった。
そうなると、人殺しの手助けをしたことになるのではと————
七森は罪悪感を感じている。
「ちょっと驚かすだけだって、そう言っていたじゃないですか……。だから俺、何も疑わずにあれを運んで————」
というより、戸惑っていた。
あんな軽い道具一つで、人が簡単に死んでしまったかもしれないということに。
たったそれだけのことで、人を殺しても罪に問われないということに。
「七森くん、君は運んだだけで、何もしていないよ。君が気に病むことではない。恐れることは何もない。君は何一つ、悪いことはしていない。ただ、運んだだけ。それだけだよ」
環は無意識に震えていた七森の手を掴んだ。
「それに、君だって言っていたじゃないか。ずっと死んで欲しいと思っていました————って」
「……っ……それは……」
「そう思っていた人間が、偶然、死んだ。ただそれだけのことだよ。人がいつ死ぬかなんて、誰にもわからないことだろう? これは偶然だ。偶然車に轢かれ、打ち所が悪くて死んでしまった。ただそれだけだよ」
環の穏やかで優しい声に、無意識に震えて指先が冷えていた七森の手は、安心したのかピタリと震えが収まり熱を持った。
「君は何もしていない。君はただ、思っただけだ。考えただけ。罪に問われるようなことは何もしていない。それにほら、見てごらんよ」
そして、環が指差したのは、葬儀場のスタッフにより、火葬場へ運ぶため車に積まれていく大きな棺。
その棺の上に、あの憎らしい金髪のツーブロックの男の後頭部からぼたぼたの血を流して座っている。
「これから彼は、地獄に落ちる。それはそれは恐ろしい、地獄にね。悪いことをしたら、地獄に落ちるんだよ。そんなことは子供だって知っている。彼は悪いことをした。でも君は、何もしていないだろう? だからこうして、あんなにも愉快なものが見える」
七森には、進藤の霊がはっきりと見えていた。
恐怖に怯えている表情の進藤が。
七森はそれを見て、あの心霊スポットのトンネルで必死の形相で逃げていったヤンキーの表情を思い出し、自然と口元が緩む。
それは、式場を後にした参加者たちと同じ晴れやかな、清々しい笑顔と同じ表情であることに、七森が気がつくことはない————
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