第5話 死んで欲しい
「進藤はクソ野郎だった」
「あれこそ人間のクズ」
「死んで欲しい」
おそらく当時進藤と高校に通っていた人間は、口を揃えて皆同じことを言うだろう。
当時の同窓生たちはなんとか進藤の機嫌をとるのに必死だったが、本当は、心の底ではそう思っていた。
進藤は上背もあり、体格も生まれつきなのかがっしりとした体型で運動神経も無駄にいい。
何か格闘技でもやっていれば、もしかしたら世界を狙えたかも知れないほどだった。
だが進藤はその持って生まれた才能は一切善行に使おうとしない。
むしろ、少しでも気に入らないことがあるとすぐにその自慢の体で暴力を振るう。
そんな手のつけられない男だった。
教師も生徒も年上も年下も、男も女であろうが、老人であっても子供であっても進藤には関係がない。
すべて自分中心で世界が回っていると本当になんの疑いもなく思っているような男だ。
進藤のせいで学校に来なくなった生徒や、人知れず転校して行った生徒もいた。
さらに、やっかいなのが進藤の親だ。
相当な権力の持ち主なようで、何度も警察沙汰になるような出来事があったのに進藤は現在そこそこ名門の大学に通っている。
素行も成績も悪く、どう考えても明らかな裏口入学だが、誰もそれを問い正そうとはしなかった。
中学生を妊娠させた……なんて噂もあったが、それもおそらくあの親がもみ消したのだろう。
進藤の行いを正そうとするものなら、何をされるかわかったものじゃない。
表面上では仲の良いクラスメイトを演じていたが、皆、本当に同じ学校にいることを疎ましく思っていた。
自分は棚に上げて人を見下し、容姿をバカにし、平気で人のものを盗み、壊し、謝罪の謝の字も知らないような進藤が、七森も心底嫌いだった。
三年の頃同じクラスになった時は特に地獄だ。
持ち物を壊されることもしょっちゅうあったし、機嫌が悪いとあからさまに眉間にしわが横に入るのが、進藤の凶悪さに拍車をかける。
さらに、金髪のツーブロックという不良のお手本のような髪型を好んでしているのも気味が悪かった。
全く似合っていないのに。
高校を卒業した後、何よりもあのクズとしか思えない金髪を視界にいれなくていいというのが七森にとって一番の幸福であったかもしれない。
だからこそ、二年ぶりに見たたった一枚の写真でも、それが進藤であることはすぐにわかったのだ。
呪い殺されそうになっている相手とは、いったいどんな人間なのかと思ったが、まさかそれがその進藤だとは、七森は思いもしなかった。
「————どうして、殺したいんですか……なんて、聞く方が野暮ですね。どうせ、また何かしでかしたんでしょう。こいつならどんな犯罪を犯していようと驚きませんよ……」
「へぇ、そうなんだ。それなら七森くんも、彼なら死んで欲しいと思ってる?」
環はアタッシュケースを持つ手にグッと力を込めた七森の手に自分の手を重ね、あの綺麗な緑色の瞳で七森の目を見る。
七森には環がどこか嬉しそうな表情をしている気がして不思議に思ったが、見つめられると目が離せなくなった。
もっとその瞳を近くで見たいと、吸い込まれるような感覚に陥る。
「……ええ、あんなやつ、生きているだけで害ですから。ずっと死んで欲しいと思っていました」
「……そう」
環はそのまま七森の手を写真の真上まで誘導し、アタッシュケースを進藤の写真の上に置かせた。
ゴッと鈍く重い音がして、その音で七森ははっと我に帰る。
「す、すみません……!!」
「……何が?」
また所長との距離がやけに近くなっていたのだ。
七森はアタッシュケースから手を離して後ろに身を引いた。
そして、その時、ちょうど学校から帰ってきた由香里の中学生の娘が二人を見て興奮気味に言う。
「えっ!? 何この人たち、
「びえ……なんだって!?」
七森は否定しようとしたが、その前に娘の方が否定する。
「あ、違う。こっちの人は男装だから、ノマカプ?」
「さぁ……どうかな? どっちだと思う?」
「あれ? やっぱり、BL?」
環はクスクスと笑いながら、困惑している娘をからかう。
この娘から見ても、環の性別は謎のようだ。
わからないのは自分だけではないらしいと七森は少し安心する。
「————さて、これで設置は終わりです。あとは、ここに書かれていることを毎晩、午前二時から二時半までの間続けてください。そうすれば、効果が出ます」
「わかりました。ありがとうございます」
環は由香里に儀式の手順が書かれた紙を渡すと、何か小さな声でささやいていたが、七森にはその声が聞き取れなかった。
「ああ、それと、あのケースは絶対に開けないように。お願いしますね」
「はい」
深々と頭を下げる由香里に、そう念を押して環は七森を連れて高松の家を後にする。
事務所へ帰る車の中で、七森はいったい何を言ったのか尋ねたが、環は笑ってはぐらかすだけで、教えてはくれなかった。
*
それから十日ほど経ち、試用期間終了まで残りわずか。
七森は一昨日『心霊タクシー』という人気ドラマの現場にあやかし達を送り届けたのが直近の仕事で、二日連続で休みだった。
基本的に週休二日ではあるが、曜日で決まっているわけではないため、連休となったのは久しぶり。
だらだらと休日を過ごしていたその日の夜、珍しく高校時代の同級生から電話がきた。
社会人になってからは、一年に数回会うか会わないかぐらいの関わりしかなかったため、ここ数ヶ月はSNS上でのやりとりしかしていなかったのだが————
「え……? 進藤が、死んだ?」
それは、あの進藤の死を知らせるものだった。
『ああ、ひき逃げらしい……一昨日の深夜二時過ぎだって』
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