第3話 試用期間


 明石家あやかし派遣事務所は、あやかしを必要としている場所に適切なあやかしを派遣する。

 とくにその現場として多いのが、全国各地のお化け屋敷だ。

 もちろん、人間の役者が幽霊やら妖怪に扮して脅かすのが基本であるが、その中に本物を紛れ込ませる。

 そうすることで、よりリアルな恐怖体験を味わうことができるのである。

 七森が最初に環から教えられた仕事は、その日からリニューアルオープンするお化け屋敷へ派遣するあやかしの送迎だった。


「えーとそれでは、出席を取ります。天井からゆっくりとお客さんを見下ろす轆轤首ろくろくびさん」

「はぁい」

「不意打ちで砂をかける砂かけババァさん」

「はーい」

「棚と棚の隙間からじっと見つめる隙間男すきまおとこさん」

「はいよ」


 七森には環が名前を呼ぶと返事をする彼らが、特殊メイクをしている人間にしか見えない。

 ずいぶん役になりきっている役者さん達だ……と最初は思っていたが、現場に向かっている途中で気がついた。

 彼らが本物であることに。


 こんなに怪しい奇妙な人たちを引き連れているのに、すれ違った人たちは見向きもしないのだ。

 今はハロウィンの時期でも、コスプレイベントをやっているわけでもないのに……誰も彼らを気にも留めない。

 それどころか、ぶつかっても全く気づかず、体をすり抜けて行ってしまう。


「こんなにはっきり見えてるのに……どうして……?」


 七森は驚いたが、それ以上に環が驚いていた。


「七森くん、本当に君は不思議だね。こんなにも見えているのに、どうしていままで気づかなかったの? 誰にも何も言われなかった?」

「何をですか?」

「そんな人はどこにもいません、とか、そんな声は聞いてませんとか……だよ」


 こんなに見えているのなら、見えない人間との会話が噛み合わないこともあるはずだ。

 普通の人間には見えも聞こえもしない、妖怪や幽霊の姿がはっきりと見えているのに、違和感はなかったのか……と、聞かれても七森はピンと来ている様子がなかった。


「親御さんとか、なにも言ってないの? 子供の頃、誰もいない部屋の隅を指差してたとか」

「いや、俺……あんま親と会話したことないんで……それより、普通の人たちに見えないのなら、お化け屋敷に派遣する意味ってあるんですか? 見えないのにどうやって驚かすんです?」

「それなら大丈夫。ちゃんと仕事が始まったら姿を見せるから。彼らもあやかしのプロだからね」


 そうして、実際にお化け屋敷につくと、彼らは見事に配置につき、次々とお客を驚かしていく。

 その姿はお客にも見えたり、いいところで見えなくなったりと、絶妙なタイミングで、おかげで初日から好評だったと主催者側からお礼の電話が来たくらいだ。

 七森の目には、「ちょっと光ったかも」くらいにしか見えている時と見えていない時の違いがわからなかったが……

 しかし驚いて逃げていく客たちの反応はとても面白いと思った。



 この他にも派遣の仕事は、たくさんある。

 例えば、ホラー映画の撮影では、台本にない全く関係のないところで一瞬通り過ぎたり、窓ガラスにわざと顔を映したりと、誰かが気づいた時にぞっとするような仕掛けのためのエキストラ。

 別の映画では大量にゾンビが襲ってくるシーンで、画面の端に本物を紛れ込ませたりもしていた。


 七森にとって何より面白かったのは、心霊スポットとなっている薄気味悪いトンネルでの仕事だ。

 ここは一人一日八時間シフト制で、二十四時間いつでも通りかかった人を驚かすようになっている。

 七森は深夜の交代時間に白いワンピースに黒い長い髪の女性の霊を車で送迎するため現場へ来ていた。


「うわああああああああああああ!!!」

「出たああああああああああ!!!」


 前の驚かし役のあやかしを車に乗せて事務所に帰ろうとした時、たまたま肝試しに来ていたヤンキー達が必死の形相で逃げて行く姿を目撃して、七森は車内で腹を抱えて笑った。

 女の霊が猛スピードで彼らを追いかけていているのが本当に面白くて、涙が出るほどだ。


「どうして、そんなに笑っているの? 七森ちゃん」


 あまりに七森が面白そうに笑うので、前の時間帯シフトに入っていた同じく白いワンピースに黒く長い髪の女の霊が、後部座席から七森に尋ねる。


「いやー実は俺が高校生の頃、クラスに今みたいな雰囲気のやつがいて……大嫌いだったんですよ。そいつのせいで色々あったし……とにかく散々だったんです。だから、なんというか、ああいう奴が怖がっているのを見るとざまぁって感じがして、すごく面白いなって」

「あらあらかわいそうに、いじめられていたの?」

「……まぁ、似たようなものですね」

「それは驚かし甲斐があるわねぇ。今度そいつを連れて来なさい。この私が心臓が止まるほど驚かせてあげるわ」

「ははは! いいっすね、それ」


 この試用期間中、すっかりあやかし達とも仲良くなってしまった七森は、まったく事務所に所属しているあやかしたちを怖いとも思わない。

 むしろ、生前と同じように接してくる為、あやかしたちも若い七森をたいそう気に入ってしまっていた。

 生前の話や、妖怪になって初めて人を驚かした話などを聞いているのも七森には楽しく、ここへ来る前の状況が、まるで嘘のようだ。

 こうして、約束の三ヶ月まで残り二週間という頃には、正式に採用してもらおうと七森は決心していた。


 しかし、七森は重要なことを忘れていた。

 この事務所を初めて訪れた時、怪しく思った『呪い相談受付中』と書かれた看板を見たことを————





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