Day9『神隠し』
「久しぶりね、■■君」
テーブル越しに、彼女は言った。汗をかいたコップの中のオレンジジュースを、ストローで掻き混ぜていた。カラカラとした涼やかな音が、喫茶店の中に響く。
「君が引っ越していったあと、こっちでも色々あったのよ。△△先生が結婚したり、隣の家の子がかわいい犬を飼い始めたり……そうそう、私もね。私も、神隠しに遇ったりね」
やたらと冷房が効いていて、ただでさえ凍えそうな程に寒いのに、気持ちまで寒くなりそうだ。
「ほんの一日。ほんの一日よ。私が消えていたのは。なのにそれから、全てがすっかり変わってしまったの」
彼女の唇はとても赤い。血の色が透けているかのように。その唇が、花びらのように動いている。開きそうで開かない薔薇のようだ。
「ねぇ。君」
黒い前髪を掻き上げながら、彼女はストローを強く掴んだ。そして、僕の目の前に――眼球のすぐ先に、突き出した。
「私の何が変わったか、わかる?」
ポタポタと、目の前でオレンジ色が滴っている。
焦点の合わない視界で、彼女の赤い唇が、弓なりの笑みを描いている。
物語の小箱Ⅱ -2021 Novelberまとめ- 鳥ヰヤキ @toriy_yaki
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