第35話「失恋」2/2

あのあとどうやって会場に行ってネネたちと別れて家に帰ったか全然覚えていない。

 ただ、大量のグッズはちゃんと家にある。


 クーラーの効いた自分の部屋でボーッとしているとノックがしてドアが開いた。

「よぉ、泉。母さんとネネ、まだコンサートに行ってるから夕飯はオレ等だけで食おうぜ」

「・・・あんま食欲ない」

「なーに言ってるんだ、夏バテか? こんなガンガンにエアコン効かせてるから悪いんだ。ほら、オレと一緒に夕飯作ろうぜ。ちゃんと手伝え」

 グィッと無理やりタツ兄に腕を引っ張られ起き上がる。

「そう言って、タツ兄、明日大会だろ? プロテインで済ますんじゃないの?」

「なーに言ってるんだ。もう十分体は仕上がってるんだ。あとはちゃんと食べて睡眠。それが一番の優勝の近道さ!」

 キラーンと歯を光らせるタツ兄。


 リビングへ行き、タツ兄とキッチンに立つ。オレは言われるがままレタスを洗って手でちぎる。

 部屋でボーッとしてるより手を動かしてる方が気持ちが紛れていい気がする。

 さっきから森くんと小倉さんが楽しそうに笑ってる顔ばかり思い出す。

 手を繋いでたってことは小倉さんの告白が成功したってことだろうか。

 デート? バスケの試合をふたりで観に来たとか。

 オレは?

 付き合うのはいい。もともとふたりはお似合いだし、自分の中でも納得はできる。

 でも、先に告ったのはオレで、付き合うのは望んでないとは言っても意識してほしいって言ったのに。

 オレへの返事を後回しにしてデートって・・・。


 レタスをちぎる手に力が入り、思わずレタスを入れるボウルに手が当たる。

「おい、大丈夫か?」

「ごめん。でも、当たっただけだから。レタスは無事」

「・・・どーした、元気ないぞ。帰ってきた時もただいまもなしで。通夜の帰りみたいな顔してたぞ」

「はは、何でもないよ」

 笑ってみるけど、うまく笑えてないのがわかる。

「なんでもないわけないだろ。ちょーど母さんもネネも父さんもいない。オレとお前だけだ。腹割って話せ」

「・・・悲しい時って、ショックより怒りが出るなんて初めて知った」

 最後のレタスをちぎり終える。

「そーか。悲しいか」

 ムキムキの締まった腕でにんじんを細かく切るタツ兄がシュールっぽくて笑える。

「変だよね。悲しいのにムカつくなんて」

「変じゃないさ。どんな感情だってちゃんと意味がある。悲しいのにムカつくんならそれは悔しいんじゃないのか」

「悔しい?」

「後悔してるとか」

「・・・後悔は、してないと思う」

 タツ兄に言われ、森くんに告ったことを後悔してるかというとそうゆう気持ちは全然沸いてこない。


「オレってよく後悔するけど、それは全然後悔してないんだ。ただ・・・」

 小倉さんみたいにかっこよく告れなかったけど、それでもオレなりに気持ちを伝えたつもりだった。それを後回しにされたことが・・・。

 違う、森くんに伝わらなかったことが悔しいんだ。

「やっぱりオレ、悲しいんだ」

 レタスの入ったボウルがジワジワとぼやけていく。

「よぉーし! 下準備は終わりだ。これから炒めていくぞ。泉は座って待ってろ」

 ポンポンッとオレの頭に手を置くタツ兄。

「うん」

 溢れてくる涙を腕で拭いながらテーブルに着く。


 オレ、失恋したんだ。

 森くんには届かなかったけど、この恋は無駄じゃない。そう思いたい。

 森くんの言う通り途中で諦めなくてよかった。

 やれるだけのことはやった。

 森くんを好きになってよかった。


 タツ兄の背中から良い匂いがしてきた。チャーハンだ。

「タツ兄、オレ、明日の大会観に行ってもいい?」

「おう! 来てくれるのか! 嬉しいなぁ。じゃぁ、優勝狙わねぇとな!」

「すげー応援する」

「おぅ!」


 すぐ次なんて無理だけど、森くんと小倉さんとは親友として仲良くしていけたらいいな。

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