第21話「いざ、森くんちへ!」1/3

 

 森くんちは、高層マンションの9階だった。

 ガチャッと玄関が開き、金髪の森くんが出てきた。

 Tシャツの半袖にスェットのズボン、両肘両手首にはサポーターを着けている。

「気にしないで、て言ったのに」

 少し呆れた顔をしながら小倉さんに言ったあと、部屋へと招く。


「なんか飲む?」

 森くんの質問に、オレと小倉さんが手を軽く上げながら「ノー」と返事する。

「私と立川くんで麦茶買ってきたので!」

「森は気にせず休んで! ていうか、無事かどうか確認に来ただけだから!」

 食い気味のオレと小倉さんに森くんがストップをかける。

「落ち着いて。これ見て気遣ってくれてるんだったら大げさだから」

「え!」

 オレと小倉さんの声がシンクロする。


 気にするなという方がまず無理だ。

 悪い予感がしたとおり、森くんの両肘両手首のサポーターは動かない事実。

 肩どころか他の部位まで増えている。

 だけど当本人はいたって冷静で、リビングのソファに誘導するなりグラスを三つ持ってきた。ついでに、ポテトチップスも。

「今、こんなもんしかないけど」

「お構いなく!」

 オレと小倉さんの声がシンクロする。

「・・・さっきからなんなの? 双子みたいに息ぴったりだけど」

 そう言われても・・・とオレと小倉さんが困り顔で見つめ合う。


 同志だからか、今の森くんへの気持ちがまったく一緒なのかもしれない。

 ふたりでなんとなく笑ったあと、

「夏木と小倉さんがうちにお見舞いに来てくれたんだ。それで、オレが倒れたあとのこと聞いて、森が学校休んでるのも聞いて、肩を悪化させたんじゃないかーって心配になって来た。肩どころか肘と手首も?! あんだけシュートすれば確かに納得がいくけど、両方とも?!」

「よければテーピングさせてください! お役に立ちます!」

「ふたりとも落ち着いて」

「いくらオレのためだからって、あんなむちゃぶり!! もう一生バスケできなかったらオレ・・・森に気軽に話しかけられない!」

 想いがあふれて、ついつい声が大きくなる。隣に座ってる小倉さんもコクコクと強めにうなずく。


「誰のためだって?」

 森くんが呆れた顔をする。

「私の推測だけど、肘鉄を食らわした1組の男子はわざとやったんだよね? 森くんはそれを知って立川くんのために本気になって3組を優勝へと導いてくれたんだと思ってるんだけど。それにあんなシュートばかりのプレイ・・・。森くんならもちろんできることだけど、シューターとしては・・・」

 グッと小倉さんが口をつぐむ。


 シューターってなんだろ? 何を言いかけたんだろう?


「あれはわざとじゃない、立川が試合に集中してなかったのが悪い」

 はっきり森くんに言われ、グサッと心臓に矢が刺さる。

「ははは、あの時は本当に・・・ごめん」

 見えない血が口から・・・。


「じゃぁ、どうしてあんな露骨なプレイを?」

 少し食い気味の小倉さん。

 森くんはポテトチップスの袋を開けようとするも顔をゆがめて断念した。代わりにオレが開ける。

「袋を破れないくらい痛みがあるってこと!」

 血の気が引くオレに、森くんが苦い顔をする。

「立川、オレが肩壊したこと小倉さんから聞いたよな?」

「え?」

「ごめんね、私が話したの」

 森くんは小倉さんに向かって首を横に振った。

「練習のしすぎて壊したんじゃない。バスケではよくある接触事故」

「え?!」

 小倉さんも初耳だったらしく、オレとまた声がシンクロする。


「中三の時、スポーツの名門校の推薦枠があって、それにオレが選ばれたんだ。他にも同じバスケ部でふたりほど選ばれたんだけど、他にオレと同じシューターの奴がいて、そいつは選ばれなかった」

「シューターって何? ごめん、オレ知らなくて」

 恐る恐る聞いてみると、

「シュートをたくさん打つ人のことをそう呼ぶの」と小倉さんが答えてくれた。

「オレが通ってた中学は部活の引退がないんだ。もともと高校の受験すらない、中高一貫校だから」

「え! 男子校ってこと?!」

 うん、と森くん。


 それも知らなかった。

 というか、オレは小倉さんに聞いた話以外、ほとんど森くんのことを知らない。


「通ってた学校でも充分能力を高められるし将来性もある。それでも、高みを目指してる奴は他に良い学校があればそっちに行きたがるし、教師も率先して進める。名門校の推薦枠は毎年少ないけど、話は必ず入ってくる。選ばれなかったそいつはその学校に自分で希望まで出してたんだ。だけど、顧問が選んだのはオレだった」

 森くんが一息つくと、険しい表情になった。

 本当はあまり話したくないのかもしれない。

 オレも、悪い予感しかしない。


「同じメンバーだし、シューターとして一緒に練習することもあって仲はよかった。推薦枠が発表されたあとの練習試合で、そいつとぶつかったんだ。俺とそいつは敵チームで、ディフェンスの際の接触事故。バスケではよくあること。でも、違ったんだ。仲間に敵意を向けられたのはその時が初めてだった」

「それって・・・わざと?」

 オレは喉で唾を飲み込んだ。

 コクッとうなずく森くんに小倉さんが、

「同じシューター・・・あの人?!」

 心当たりがあるのか、ハッとするなり握りこぶしを作る。

「・・・小倉さん、復習しちゃだめだよ」

「そ、そんな立川くん・・・!」

 慌てる小倉さんが怪しい。小倉さんならやりかねない!


「そいつにドクターストップがかかるくらい肩に怪我を負わされたってこと? バスケもできないくらいに!」

「・・・なにそれ。そんなことになってないけど。打ち所が悪くて復帰するまで1か月くらいはバスケするなって言われはしたけど」

「え・・・!」

 オレと小倉さんの声がシンクロする。

「わ、私はてっきり!」

 混乱する小倉さん。

 どうやら小倉さんの情報は正確じゃないみたいだ。

「まーでも、それがきっかけで今まで抑えてきた痛みに耐えられなくなっていうか、肘とか手首もそうだけど、膝とか・・・とにかくだましだましやってきた体が悲鳴あげてさ、モチベーションまでだだ下がり。人に恨まれてまでやることか~? とか、いろいろ考えすぎてわけわかんなくなった。俺、怪我したことより、そいつに敵意向けられたことがショックだったみたいで・・・。裏切られたは言い過ぎだけど。とにかく、何もかも嫌になったんだ。バスケも名門校も。だから全部捨てた」

 うつむく森くん。


「逃げたんだ、俺。向き合わなきゃいけないことから。だから・・・、立川に憧れるような人間じゃない。幻滅しただろ?」

「森・・・」

 森くんと見つめ合う。


 オレが言った言葉に、森が傷ついてたなんて知らなかった。

 ファン、失格かもしれない。(ファンかどうかも怪しい感情を持っていますけど)

 

「・・・幻滅もなにも、オレ、バスケ時代の森くんのこと知らないから。だから、関係ない」

「は?」

 きょとんとする森くん。

「オレが知ってるのは、入学式からの森だから」


 オレが憧れてるのは、好きなのは・・・今の森くんだ。


「わ、私も!」

 小倉さんが食い気味で入ってくる。

「私も幻滅なんてしません! 悪いのは向こう! 森くんは何も悪くない!」

 力強く言う小倉さん。


 一番のど正論だ。


 オレも森くんも目が点になる。

 数秒、沈黙が続いたあと、森くんがブッと吹き出した。

「小倉さん、マジ強い」

「え? そ、そう」

 今更顔を赤くする小倉さん。

 ツボにハマったのか、森くんは笑い続ける。


「結局、なんでむちゃぶりプレーしたの?」

 コンビニで買った麦茶をグラスに注ぐ。

「ムカついたから」

 スッと真顔になる森くん。

「え?」

「話したメンバーの奴を思い出してムカついたから。ただそれだけ」

「えー?! それだけの理由であんなむちゃなことする?」

「別にいいじゃん。暴力振ったわけでもない。結果的に優勝したんだし」

 ポテトチップスを頬張る森くんが新手のヤンキーに見えてくる。


 うわー、森くん、名門校の推薦枠の件で心歪んだな。

 オレのためじゃなかったのはちょっと残念だけど、逆切れするくらい、森くんにとっては苦い思い出でそれは今も癒えてないってことか。


 うちに泊まった時に言ってた、

『好きなバスケをずっと続けられたら・・・それだけでよかった』

 あれはそうゆう意味だったんだ。

 森くんの苦い思い出とリンクさせながら、ツンと胸が痛んだ。


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