第20話「記憶が途切れたあと」

 天井を見上げながらボーとする。


 スポーツ大会、終ワタ。


 試合中に、1組のガタイの良い奴が目の前にいることに気づかず肘鉄を食らったオレ。

 担架で保健室に運ばれ、意識が戻らないままたまたま家にいたタツ兄が迎えに来て家に帰った。

 そのあとは、まぶたは腫れるし、倒れた時にまた後頭部にたんこぶつくるし、知恵熱は出るし。

 さんざんなありさまだった。

 当然、残りのスポーツ大会はベッドで過ごした。

 原因が、森くんに見惚れてたなんて恥ずくて死ねる。


 最悪だ。


 ピピと体温計が鳴り、ベッドの横にいる母さんに渡す。

「36度8分、やっと下がったわね~。なかなか下がらなくて心配したけど、もう大丈夫そうねぇ」

 やれやれとため息をつく。

 その時、玄関の呼び鈴が鳴る。

「ネネが帰ってきたのかしら~」

「鍵持ってるんだから自分で開けるだろ」

「それもそうね。宅配かしら? 熱下がっても今日は安静にしててね~」

「わかってる。まだ体だるいし」

 というか、心のショックとまぶたの腫れがまだチクチクと痛い。

 視界も半分塞がってて見えずらい。


 母さんは部屋を出て1階へと降りて行った。

 オレは布団を被って寝るフリをする。

 スマホは倒れてから一度も見てない。

 正直、怖い。

 森くん、怒ってるかもしれない。いや、前にもボールを顔面で受け止めたオレだからきっと呆れてる。

 クラスのみんなや夏木は・・・クラスのみんなはわからないけど、夏木は絶対笑って周りに言いふらしてるに決まってる。

 小倉さんだけはきっと心配してラインをしてくれたかもしれない。


 怖い。

 現実と向き合うのが。

 もうひとつの悩みに向き合うのも。

 森くん・・・。

「オレ、森くんのこと好きなのかな」

 口に出したら、現実味が出てめちゃくちゃ恥ずかしい気持ちにかられる。

「うわぁぁぁぁ、無理無理無理無理無理」

 布団の中で絶叫。


 コンコンとドアがノックされ、母さんが入ってきた。

「何叫んでるのぉ! 大人しくしてなさいって言ったでしょ~!」

「・・・ごめん、なさい」

 布団から顔を覗かせ、反省。

「お友達がお見舞いに来てくれたわよぉ。上がってもらうわね。長居はさせちゃダメよ~」

「友達?」

「同じクラスって言ってたわよ。ひとりは女の子よ~!」

 ネネみたいに、面白がる母さん。顔がニヤニヤしてる。

「・・・わかった」

 

 頭に浮かんだのは小倉さんと・・・。

 まさか森くん!! 

 森くんがお見舞いに来てくれた?!

 どうしょう! まだ気持ちの整理ついてないのに、会うなんて無理だ!!

 

 急に心拍数が上がる。

 また熱が上がりそうだ。


「こんちはー! 立川、お見舞いに来てやったぞ!」

 部屋に入って来たのは、森くんじゃなくて夏木だった。制服を着てるから学校帰りに寄ったんだろう。

「・・・え?」

 夏木のあとに小倉さんも部屋に入ってきた。

「立川くん、具合は大丈夫?」

「え?!」

 一度も見たことないペアにびっくりする。

「駅着いたら、偶然会ったんだよ。同じ電車に乗ってたみたいでさ。小倉さんも立川のお見舞い行くって言うから一緒に来た!」

「マジでびっくりした」

 

 ふたりがベッドの前に座ると、母さんがお茶菓子を持って登場。

「これ、小倉さんがプリンもってきてくれたわよ~。美味しそうなのをありがとう~」

「いえ、そんな。ご家族の分もあるのでよかったら食べてください!」

「本当? 気を遣わせちゃってなんだか悪いわね~。ありがとう、おいしくいただきますぅ」

 うふふと母さんが猫かぶりしながら部屋を出て行った。

「やべ、俺、何も持ってきてない」

「いいよ、別に。小倉さんもありがとう」

 ニコッと微笑む小倉さん。どこか緊張してみるみたいで笑顔が固い。(夏木がいるから?)


 小倉さんが持ってきてくれたプリンを3人でおいしくいただく。

「それにしても、そのまぶた、ヤベーな! お岩さんみたいだぞ!」

「これでも少しは引いた方だよ」

「マジで?! つーか、医者行った?」

「一応。目には特に問題ないって。完全に治るには時間かかるけど」

 触ろうとしてくる夏木を追い払う。

「勝手に来ちゃってごめんね。ラインしたんだけど既読もつかないから心配になっちゃって」

「小倉さんも?! つーか、最近ふたり仲良くね?」

 夏木に話しかけられ、ビクッと怯える小倉さん。(夏木、なんかした?)

「小倉さんも夏木もラインしてくれたんだ。ごめん、熱下がんなくて見れなかった。目もこんなんだし」

「熱?! マジか。そんなにひどくなってたのかよ」

「いや、まぁ・・・」

 はははと曖昧に笑う。


 夏木の視線がオレに向いてホッとする小倉さん。

 話がそれてよかった。

 やっぱりラインしてくれたんだ。

 

 情けない。

 みんなを引っ張るなんて意気込んでおいて、自分がみんなを・・・別のに意味で引っ張るなんて。

 向き合えずに逃げるなんて、ダサすぎる。


「夏木、ごめん。バスケメンバーのみんなにも迷惑かけて」

 ベッドの上で夏木に向かって頭を下げる。

「本当だよまったく、みんなすげー心配したんだからな!」

「・・・怪我のこともそうだけど、試合・・・」

「あ、試合は全然問題なかった!」

「え?」

 しょんぼりするオレとは違い、夏木がケロッとした顔をする。

「森、マジハンパねーよ。バスケの神だわ。いや、ありゃ魔人?」

「・・・何言ってんの?」

「とにかくすごかったんだって! ね、小倉さんも見てたよな?」

 興奮しだす夏木。小倉さんにまで共感を求める。

「う、うんすごかった! あのあと森くんひとりで試合進めちゃって、でも勝ったの!」

 怯えてたはずの小倉さんが、森くんの話になると目を輝かせる。


「・・・ひとりで試合を進める? どういうこと?」

 うまく話が飲み込めない。

「だーかーらー、森がひとりでやったんだって! しかも、立川に肘鉄食らわした奴をボッコボコにしてさー。あれは見てるこっちがスッキリ爽快だったわ!」

「いや、語弊がある。また森が誤解されるような言い方やめろよ」

「いやマジだって! 決勝戦はさすがに森も気が引けたのか、オレたちに指示出したり、パス回したりしてくれてチームで優勝できたけど、あれは完全に森ありきだな。ていうか、森が的確な指示だしてくれなきゃ俺ら何もできなかったよ。2、3年相手と試合だぜ? いやーマジで森、神!!」

 ひとりで興奮するままにペラペラしゃべった夏木。

 二日前の出来事にまだ酔いしれているようだ。


 森くんがひとりで?

 メンバーに指示?

 一緒に練習するのも嫌がってたのに?


「あ、わり。トイレ借りていい?」

 混乱するオレをスルーして、あくまでマイペースな夏木。

「階段の横にあるよ」

「さんきゅー」

 そう言って部屋を出て行った。


「立川くん、これ見て」

 夏木がいなくなるのを待っていたかのように、小倉さんがスマホで動画を見せてきた。

「立川くんが倒れたあとの試合」

「え?」

 そう言われて、ごくりと喉が鳴る。

 醜態をさらしたあとの試合なんてあんま見たくないのにと思いつつ、実はけっこう気になっていた。森くんをひとりにしたことも気がかりだったし。


 ロフトから撮られている映像は少しばかり荒かったけど、それなりに観れるものだった。

 とにかく自分の目を疑った。なんせ片目でしか観れないし。

 1組が森くんに寄ってたかってブロックをするも、ことごとく破ってボールをゴールに収めていく。

 というか、全然1組が手を出せない状態。

 森くんは味方にパスすることもなく、ドリブルすることもなく、ボールを持った瞬間、ロングシュートをして一発でゴールに入れている。

 そんな映像が試合が終わるまで続いていた。

 音が割れるくらいのどよめきと歓声が体育館内に響いている。


「え? 何これ? 加工か何かしてる?」

 ありえなすぎておもわず出た言葉。

 小倉さんが首を横に振ったあと、瞳がいつもの2倍の輝きを放ち、

「これが森くんの素晴らしい才能!! エモすぎる!!」

「さ、才能?!」

「才能ゆえに、肩を壊した原因でもあるから切ないんだけど・・・。森くんの最大の特技はどの場所、どの角度からでもシュートすればほとんどの確率でゴールに入れられる技術、集中力なの! この試合にはそれを余すことなく森くんが披露しまくってる!! こんな贅沢な試合、見れる日がくるなんて・・・! この動画、私の一生の宝物!」

 今にも泣いて喜びそうなくらい小倉さんの興奮っぷりがすごい。


 他の試合も同様に『シュートだけを集めた映像』の動画状態になってる。

 開いた口が塞がらないまま、決勝戦を観る。

 夏木が言ったとおり、森くんがメンバーのみんなに指示を出しながら走ってるところや、夏木やバスケ部の斉木くんにパスを回してる姿が映っている。

 森くんのパスでゴールを決めた斉木くんが森くんとハイタッチをしてる場面は、モヤッとした。


 全然問題なくできてるじゃん。

 オレがいなくてもチーム引っ張ってるし、優勝までできてるじゃん。


 なんかよくわかんないイライラが沸々と沸きあがる。

「ね、キレイなシュートフォームでしょ! 学生でここまでキレイなフォームって難しいんだって」

 スマホを覗き込みながら小倉さんがニコッと微笑む。

「あーうん、そうだね」

 ちゃんと見てないことに気づき、もう一度動画をよく観る。

 確かに、ボールを投げる時の姿勢がキレイだ。投げる瞬間から投げたあとの動作も無駄な動きや崩れがない。

「自主練の時、一度もシュートしてるところ見たことなかった。ていうか、オレの練習ばっかりだったし」

 素人のオレが見てもわかるくらい、上手い。

「森くん、怪我したあともトレーニングはちゃんとやってたんだね。そうじゃなきゃ、久しぶりにやってこんなにゴール決まらないし、フォームも崩れてない。森くん、ホントにバスケ好きなんだね」

 嬉しそうに動画を見つめる小倉さんの瞳がすごく優しく見える。


 推しを見るのとは違う、もっと別の・・・。


 小倉さんならオレの今の悩み、聞いても笑ったり引いたりしないかもしれない。

 ふとそんな気持ちになる。

 ひとりで悶々としてるより、小倉さんに相談するのもありかもしれない。


「あ、あのさ小倉さん、ちょっと相談にのってもらいたいことが・・・」

「立川くん! 森くんがこんなに本気になったのはやっぱり立川くんのためだと思うの!」

 オレの声が聞こえてなかったのか、勢いよくスマホから顔を上げた小倉さんが、食い気味に話し始める。

「え? どういうこと?」

「話してる内容まではさすがにロフトからは聞こえなかったけど、やりとりを見てる限り、立川くんに肘鉄を食らわした1組の男子、わざとかもしれなくて。それを森くんが気づいて、怒って本気を出したんじゃないかと思うの。夏木くんもボコボコにしたって言ってたけど、あれは例えで、夏木くんも1組の男子がわざとだって知ってたんじゃないかと思って!」

「・・・え?」

 目の前に小倉さんの顔が・・・。

 話に夢中になっていた小倉さんはオレとの距離を縮めまくっていたことに気づき、慌てて後ずさった。


「ごごごごめんさい、つい夢中になりすぎて」

「ううん、ちょっとびっくりしたけど」


 キスされるのかと思って、けっこうビビった。

 森くんとは違うドキドキが・・・。


「て、え?! わざとって本当?!」

 あれは森くんに見惚れてたオレが完全に悪いのかとばっかり思い込んでいた。

「ボーとしててすぐ近くにいることに気づかなくて、タイミング悪く肘鉄を食らったんだとばかり・・・」

「私の勝手な推測なんだけど。でも、何かあったんだと思うの。そうじゃなきゃ、森くんがあんなむちゃくちゃなプレイするはずない」


 無茶苦茶?

 やっぱり、ロングシュートばっかりのプレイはむちゃくちゃなんだ!


「森には聞いてないの?」

「・・・森くん、スポーツ大会のあと、学校来てなくて」

「え! ということは、二日間来てないってこと?! 理由は?」

「先生は欠席だけしか言ってないの。ラインで聞いてみたけど、気にしないでとしか返信がなくて」

「マジか! それ絶対、肩悪化させたんじゃ・・・」

 悪い予感しかしない。

 動画を観てもわかるくらい肩に負担かけてるし。いや、肩より、手首とか肘?

 ふと違和感を覚える。

「私もそう思って、お見舞いに行こうか迷ってて」

「え! 行こうよ! オレも行く! 一緒に行こう」

「立川くん! でも・・・」

 小倉さんが心配そうにオレの左目を見る。


「あぁ、眼帯するから大丈夫」

 ニコッと笑顔を貼りつける。


 本当に森くんがオレのために怒ってむちゃしてくれたんだったら、のんびり寝てられない。


「とりあえず、シャワー浴びてくるから待ってて」

「今から行くの? 大丈夫?」

「平気。熱はもう下がってるし」

 立ち上がったところで夏木の存在を思い出す。

 廊下に出るとリビングから母さんと夏木が楽しそうにしゃべってる声が聞こえてくる。

 

 さすがチャラい夏木。うちの母さんともあっさり仲良くなるとは・・・。


 でも好都合と思い、ふたりに気づかれないようにお風呂場に行ってシャワーを浴び、着替えてから小倉さんとこっそり家を抜け出した。

「夏木くんに言わなくて大丈夫?」

「あとでラインしとくよ」

 ニコッと笑顔。


 母さんにバレるといろいろ面倒だから、夏木に任せておこう。


「それより、森くんの家だけど・・・」

「それは大丈夫! 何度か見学に行ったことあるから!」


 見学・・・?

 やっぱり小倉さん、ストーカーしたことあるんじゃ・・・。


「さ、行きましょう! 私が案内します」

 なぜかドヤ顔の小倉さんに不安しかない。


 とにかく、森くんが無事かどうかの確認だけでもできれば。

 


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