第22話「いざ、森くんちへ!」2/3

 洗面所を借りて手を洗う。

「やっぱ、片方見えないだけで不便だなー」

 うっかり麦茶が入ったグラスをこぼしてしまった。幸いグラスは割れなかったからよかったけど。

 廊下に出てリビングに戻ろうとドアノブに手を置いたところで、ふたりが楽しそうに話してる声が聞こえてくる。

 ドアの窓ガラスからソファに座ってるふたりが見える。

「テーピングありがとう、おかげで決勝戦の時にそんなに負担感じなかった」

「よかったぁ! 肩以外のテーピングのやり方をマスターしたからいつでも言って!」

「小倉さんてすごいね、中学の時、スポーツ部のマネージャーやってた?」

「ううん、でも、高校に入ったら絶対バスケ部のマネージャーになるって決めてて」

「へー、小倉さんてホントバスケ好きだよな。専門用語も詳しいし」

「そ、そんな! 私なんてまだまだ・・・」

 照れながら否定する小倉さんが可愛い。

 森くんも優しい口調に優しい笑顔。

 ふたりの雰囲気が良い感じなのが、遠目でもわかる。


 盗み聞きなんてよくない。

 わかってる。

 けど、今、あの雰囲気の中に入る勇気がこれっぽちもない。

 どうみても、オレ、邪魔だ。

 

 クルッとリビングに背を向けて洗面所の前まで戻る。

 推しとか言ってるけど、あれはどうみても森くんのことが好きだ。

 頬を赤くして嬉しそうに笑う小倉さんは、まぎれもなく森くんに恋してる。

 森くんだって、小倉さんのことまんざらでもない。


 はぁーと大きいため息を吐きながらその場で座り込む。


 鈍いにもほどがある。

 今まで気づかないオレってアホだ。

 いや、もしかしたら小倉さんも最初はただのファンだったのかもしれない。オレだって自分の気持ちに最近気づいて・・・。

「あ~!」と小声で叫びながら髪をグシャグシャにかき回す。


 さっきふたりを見て言えることは、オレが肘鉄食らって熱出して寝てる間に、ふたりの距離が縮まったということ。

 きっとそうだ。

 なんか前より雰囲気良かったし。

 

 頭の中でふたりを浮かべれば浮かべるほど、みじめになってくる。

「ぐすっ」

 目が潤んできた。

 

 いやいやいや、しっかりしろ、オレ。

 だいたい、小倉さんと森くんなんて良いカップルじゃん。

 小倉さんちょっと変わってるけど、優しいし森くんに一途だし。

 森くんだって、小倉さんに対していつも優しく接してたし。

 そういえば、小倉さんが森くんに挨拶してるのを初めて見た時、森くん、優しい笑顔してたっけ。

 なんだ、そっか。

 森くんだって、男だ。

 可愛い女子が自分のことファンなんて知ったら嬉しいに決まってる。


「そうだ、小倉さんは女子で、森くんは男だ」

 そして、オレも男だ。

 今更すぎる事実に気づき、傷口に塩を塗られた気分だ。

 根本的なことが抜けてるオレって・・・。

 違う。

 それだけオレ、森くんのことで頭がいっぱいになってたんだ。

 当たり前のことも気づかないくらい、森くんのこと・・・。


 泣きたくても我慢だ。

 森んちで泣くわけにはいかない。


 上を向いて、目を大きく開く。涙が出ないように、眼球が痛くなるくらい力を入れる。

「立川?」

 森くんの声にハッとして、その場で立ち上がる。

「な、何?」

 笑顔を貼り付ける。

「全然戻ってこないから」

「あー悪い悪い、ついでにトイレも行ってた。リビングに戻ろうぜ」

 明るく振舞いながらその場を離れようとした瞬間、森くんに壁ドンをされる。

「・・・え・・・」

 目の前の森くんの顔が真剣すぎて、近すぎて、息が止まりそうだ。

 いてもたってもいられず、顔を横にそむける。

「ずっと聞きたかった」

「・・・え? 何を?」

 森くんにそう言われ、思ず正面を向く。


 鼓動がドックンドックンとうるさい。

 聞きたいことってなんだろう。もしかして、森くんもオレのこと・・・。

 いやいやいや、しっかりしろ、オレ!

 いくらなんでも自意識過剰だ。


 スッと森くんの手が伸び、眼帯をめくった。

「・・・!!」

「わー、けっこう腫れてる。紫色になってるし」

「・・・これでもマシになったんだよ」

 バッと森くんの手を払いのけ、壁から離れる。

「どこがマシだよ。幽霊みたいじゃん」

「おゆわさんとか言いたいんだろ。夏木と同じこと言うなよ」

「は?」

「それより小倉さんが待ってる、リビングに戻ろう」


 森くんとふたりっきりは、今のオレには酷すぎる。

 壁ドンだって聞いてないし! (破棄力抜群すぎて心臓に悪いわ!)

 森くんの腕が首に絡みつき、グイッと引き寄せられ羽交い絞めにされる。

「え?!」

「なんで逃げんの。まだ目の話終わってない」

「いやいやいや、これ以上話すことないし」


 壁ドンの次は羽交い絞めですか?!

 密着しすぎて死ぬわ! つーか、オレのこと殺す気か!

 心臓がドキドキいいすぎて痛い。

 マジで死ぬ。


 森くんの腹に肘鉄を食らわして脱出する。

「イッテー」

 腹を抱えて痛がる、森くん。

「そーいえば、森の部屋どこ? ここ?」

 話をそらそうと適当に部屋のドアを開けると、当たった。


 6畳くらいの部屋にはバスケ選手らしきポスターが何枚も貼られてある。。全員外国人だし。

 シンプルな部屋かと勝手に想像してたけど、ベッドと机以外にはバスケットボールやミニサイズのゴールが壁に設置されている。

「うわー、バスケバカじゃん。どんだけバスケ好きなんだよ」

「いいだろ、別に。俺の部屋なんだし」

「・・・そーだけど」

 一歩踏み入れると、森くんの匂いがする。

 羽交い絞めされた時と同じ匂いに、心臓がドキドキする。


 オレにとっては危険な部屋だ。


 すぐさま部屋を出ると、

「あれ? 物色しないの?」

「しないよ! 物色ってなんだよ」

「ほら、卒業アルバムとか子供の頃の恥ずかしい写真とか」

「・・・何? 見てほしいの?」

「言ってみただけ」

「森ー」

 呆れるオレに森くんが笑う。

「そういえば、立川の部屋に泊まった時、卒業アルバム見忘れた。ついでに、恥ずかしい写真も」

「ないわ! そんな恥ずかしい写真なんか。あっても見せないし」

「へー」

 ニヤニヤする森くん。


「森くん? 立川くん? 戻ってこないから来ちゃった」

 小倉さんが遠慮がちにやってきた。

「ごめん、小倉さん。待たせちゃって」

「ううん、あ、森くんの部屋?」

 小倉さんが遠慮がちに部屋を覗きこむ。

「バスケバカな部屋ですんません」と森くん。

「え?」ときょとんとする小倉さんに、オレが森の肘を小突く。

「あ! ステファン・カリー」

 1枚のポスターを見ながら小倉さんが声を上げる。

「小倉さん知ってるんだ!」

「もちろん! シュートフォームがすごくキレイで、動画で何度か見たことあって・・・」

 小倉さんと森くんがバスケ選手の話で盛り上がる。

 こうなるとオレは全然話に入れない。

 静かにリビングへ戻ると、ポテトチップスを食べ続けた。


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