第12話 すいか――スイカ・オ・ランタン

「すいか」

「すいか……ですか?」

「すいかだよね?」

「すいかだ」

「うん、すいか」

 ダンジョンの最深層までやって来た緑陰同盟の一行は、ド派手な演出と共に出現したダンジョンボスの姿に、口を揃えてそう言った。

 ハロウィンのジャック・オ・ランタンのような目鼻口に三角の穴が空いたすいかが、通常の人間の5、6倍はあろうかという人型の胴体にドッキングされている。胴体からは腕と脚にあたる部分から蔦が生えて縒り合わさり、腕の先には巨大な鎌が握られている。蔦のところどころに愛らしい黄色い花が咲いているのがシュールだ。

「異形頭フェチにはご褒美のような敵だね~」

 舌なめずりするようにミラが言った。稚葉が彼女の恍惚とした表情にドン引いている。

「ミラはこういうのが好きなの?」

「人間と人外、無機物と有機物の調和、素晴らしくないですか~?」

 体をくねくねと捩らせて語るミラの横から前に出ながら、シュウが呆れたように溜め息をついた。

「ミラってほんっとセンス独特だよなぁ。あと、すいかは植物で有機物だから、無機物とは調和してないぞ」

「これ、どこから攻める?」

 シュウと共に前衛に出ながら、アオは注意深く敵を観察する。初見の敵、しかもボスともなると攻略手段がわからずに全滅してしまうことも珍しくない。普通ならもう一度挑めば良いのだが、アオとワカバはそれで実際に命を落とす恐れがあるから、ここで必ず敵を倒さなければならない。

「見た感じ炎が弱点っぽいけど、こういうあからさまなのって意外とタイプ違ったりするんだよね~。とりあえず魔法打ってみる~?」

「ああ。俺がヘイト稼ぐから、リナリアちゃんはファイアアロー一発頼めるか?」

「は、はい!」

 手にした杖を体の前で水平に構え、リナリアが魔法の詠唱に入る。地面に赤く輝く魔方陣が出現し、リナリアの「ファイアアロー!」のかけ声と共に、一条の炎が弧を描いてすいかの頭に直撃した。

 すいかは苦しそうに身悶えするが、頭部には焦げ目も損傷もない。それを見たシュウが分析する。

「思ったほどダメージ通ってないな。むしろ炎耐性持ってるくらいか?」

 本来のゲーム画面であれば、敵のHPを示すゲージが敵の頭上に表示されているはずだ。アオからは見えないが、シュウはダメージの通り具合を見て判断しているのだろう。

「さっきのくらげもだけど、このダンジョンは中層以降、水タイプの配置が多くなってる。あいつも水なんじゃないか?」

 自分の考えを述べながら、アオは周囲を見回す。色とりどりの実や花の生る低木が集まる果樹園のような場所だが、地面を見ればくるぶしまでが水に浸かっている。敵は炎が弱点の植物タイプと見せかけて、水棲タイプのモンスターなのだろう。

「じゃあ、雷、いきます!」

 リナリアが宣言して、すかさず詠唱に入る。この水の量で雷を打てばこっちも感電するかもしれないと一瞬思ったが、ゲームの仕様上では水のなか雷撃魔法を打ってもプレイヤーにダメージはなかった。その仕様がアオやワカバにも適用されることを祈るしかない。

「サンダーボール!」

 短い詠唱から雷の初級魔法が放たれる。雷の玉をぶつけられたすいか頭は、先ほどよりも大げさに身を捩って体勢を崩した。

「やっぱり水か! アオ、行くぞ!」

「了解」

 敵が体勢を崩しているうちがチャンスだ。腰の鞘から日本刀を引き抜き、敵までの間合いを一気に詰める。アオのアバターである獣族は素早さがほかのどの種族よりも高いのが特徴で、接近戦での連続攻撃を得意としている。

 金属よりも軽いゲーム内の特殊な物質で作られた薄手の日本刀は、羽根のように軽く振り抜くことができる。それでいて威力は高い。

 シュウがヘイトを稼ぐ挑発で敵の気を引いているあいだにアオが背後に回り込み、左の脚の蔦に一撃を叩き込む。ぐおぉぉぉ、と野太い咆哮を上げて敵が腕の蔦を振り回してくる。しかしこれも低い姿勢で懐に飛び込めが回避できた。

 上部からは、リナリアの放つサンダーボールの炸裂する雷撃音が断続的に響く。どうやら雷撃で動きを止める習性があるようで、静止した隙を突いて狙いを付けた左脚に集中的に攻撃を加え続けると、やがて敵が歩行をやめて左膝を突いた。

「よっし、左脚撃破! 次、腕いくか?」

「いや、一気に頭を叩く!」

「おお、強気だな!」

 どうやら体のパーツごとにHPが割り振られているらしい。こういう類いはえてして頭を倒せば他のパーツも一緒に消滅するものだ。

 この敵の場合、恐らく通常は脚を破壊して膝を突かせ、腕を破壊して頭を地面に転がすのが通常の戦い方に見えるが、今のアオなら、ゲームとしてプレイしている以上に自由な戦い方ができる。

 跳躍して敵の左脚の膝に乗り、ロッククライミングの要領で胴体の凹凸を足がかりにして登る。その間にも、リナリアの雷撃とワカバの風の魔法があちこちから降り注ぎ、敵を翻弄する。

 しかし、肩まで届こうかというところで敵もいよいよ胴体を這い登るアオの存在に気付いたらしく、しなる腕で胴体を払った。避けるためには両手両足を離して下に飛び降りるしかない。着地をミスすれば助からない高さだったが、悩んでいる暇はなかった。

「アオ!」

 それが誰の叫びなのかは、耳元で唸る風で判断がつかなかった。

 自分の落ちていく先を見下ろし、着地の体勢を取る。敵の動かない左脚の横で、右脚が立ち上がろうともがいている。足場が動いているのは非常に厄介だ。

 どうかできるだけ怪我なく着地できるよう祈りかけたそのとき、落下の速度が緩み、下から押し上げる風がアオを中空に留めた。

「アオ! そのまま上に押し上げるよ!」

 ワカバの声がして、その姿を探す。地上からアオの姿を見上げながら、団扇を水平に持ち上げたワカバとアオの目線が合う。アオは頷いた。

「すいか頭の真上から僕を落として!」

「わかった!」

 応答と共に、ワカバが団扇を素早く振り上げる。風霊の力でアオの体が急上昇し、天を目指して真っ直ぐに突っ込んでいく。すいか頭の巨体を追い越し、狙い違わず頭の真上まで来た。アオは日本刀を逆手に持って切っ先を下に構える。

 アオを包む風の力が弱まり、自由落下が始まる。体勢を崩すかと思ったが、恐らくワカバは微妙な力加減でアオが真っ直ぐ落ちられるようにサポートしている。

 アオの持つ日本刀が、すいか頭の脳天に寸分違わず突き刺さった。

 すいか頭は電撃に打たれたように全身をぶるぶると痙攣させ、それから喧しい咆哮と共に地面に崩れ堕ちる。深く刺さった武器を置き去りにしてアオはその場から跳躍し、ワカバの風の力も借りて崩落に巻き込まれないよう離脱した。

「すっげぇ、一撃必殺!」

 シュウが快哉を叫んだ。

 ゲーム上の操作では、敵によじ登って戦うなどということはできない。その場に直立して武器で敵を叩いたり、魔法を放つだけだ。だから、今回のアオの動きがシュウとミラにはどう映るのかが不安だったが、二人は大して気にした様子もなく喜び合って、倒れた敵の傍から戦利品を回収していた。すいか頭の巨体は、光の塊から細かな粒子に変化して、大気中に漂って霧散していった。

 カラン、と地面に落ちた日本刀を回収し、腰の鞘に収めたところで後頭部を小突かれた。

「無茶してんじゃないよ」

 ワカバが苦笑しながら立っていた。

「……ああいうの、一回やってみたかったんだ。本当にゲームのなかを縦横無尽に動けたら、こうやって敵を倒したいとか、いろいろやってみたいことがたくさんあって……」

 それをやりたいと思ったら、体が衝動的に動いていた。本当はもっと皆で力を合わせて、普通に倒すこともできたはずなのに。

「ま、いいんじゃない? それよりびっくりだよね。アオもすごい俊敏に動いてたし、ベテランの戦士そのものって感じだった。わたしも、地上から遠くにいるアオの姿はばっちり見えてたし、視力2.0とかそんなレベルじゃない気がする。どうなってんだろうね、この体」

 そうだ。疾走も跳躍も、自分の思う動きにぴったりと体が付いてくる。アバターの身体能力が高いからなのだろうが、アオは自分の体がこんなにも軽く、力強く動かせたのは初めてだ。

「僕たちがこの体に慣れてきたら、もっとすごい動きができたりするかもね」

「わたしも後ろで魔法打つだけじゃなくて、武器持って前で戦おうかな。アオの見てたらすっごく楽しそうだったし」

「……魔法って、そういえばその団扇どうしたの?」

 ワカバは武器というよりは企業がノベルティで配りそうな、安っぽい団扇を使っている。先ほどもそれで風を自在に操っているようだった。

「これ、夏祭りで貰ったんだ。武器って感じじゃないし、あおぐだけでいろいろできるから重宝するよ。暑いときは普通にパタパタすればいいし」

「もしかしてそれ、全部のミニゲームで最高ランク取らないと貰えない隠しアイテムじゃ……」

 七夕イベント『ファルタの夕べ』は、日本の夏祭りを模していて、イベント期間だけ遊べるミニゲーム群で一部の人たちは熱狂的に盛り上がるらしい。

「そうだ。アオも一緒に行こうよ! 金魚掬いでリナリアにあとちょっと追いつけなくて、リベンジしたいんだ」

「……リナリアも強いのか……」

 結局、後日、緑陰同盟のメンバー全員でファルタの街へ行く約束をして、この日は解散になった。

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