第11話 緑陰――パーティー結成!

「なあ、ここにいるメンバーでパーティー組もうぜ!」

 シュウという、蒼の友人だという人物の言葉に、稚葉は困惑して返す。

「組んでるじゃない」

「そうじゃなくて、これからも一緒に組もうぜってことっす!」

「ああ、そういうこと?」

 稚葉は、円陣になって立つ人々を順繰りに眺めながら、こっそりゲーム画面を開く。ゲーム画面は、稚葉と蒼(それから、恐らくリナリア)にしか見えないようで、蒼以外に稚葉の行動を訝しむ人はいなかった。

 まず左隣にミラ、その隣にリナリア、蒼ときてシュウ。シュウの左隣に稚葉。外見とステータス画面を比較しながら見ていく。

 前衛に立つのはいかにもディフェンダーといった出で立ちのシュウは盾戦士、それから接近戦で戦う剣士の蒼(ステータス画面では「アオ」となっている)。後衛に攻撃魔法の使い手の魔導士リナリアと、回復などサポート役の治癒術士ミラ。稚葉(画面上では「ワカバ」)は職業名が「レンジャー」となっていてなにが専門家がわかりにくいのだが、リナリアに教えて貰ったところ、主に弓矢などの飛び道具や中級までの魔法などを使うオールラウンダーらしい。攻撃の幅は広いが、すべての武器と魔法の習熟度上限が中途半端で、器用貧乏とも言える職業である。

 同じようにステータス画面を開いて横目に見ていた蒼が、まんざらでもなさそうな顔で頷く。

「バランスは良さそうだね」

「だろ? アオとミラと俺だけでも結構いけてたけど、パーティー人数多い方がいろんなダンジョン行けるし、絶対楽しいに決まってる」

「あ~、確かに、魔法使いいないと探索できないトコとかあるもんね~」

 ミラが「あたしも賛成~!」と元気に挙手する。ミラの横でリナリアも「お邪魔でなければ……」と控えめに手を挙げた。

「あねさんは? どう?」

 シュウが弾んだ声で訊ねてくる。顔まで鎧で覆っている巨漢の見た目のくせに、中身は男子中学生のノリそのままである。そのギャップが面白くて、稚葉は笑った。

「いいよ。でもわたし初心者だから、ベテランだけで話進めないで、一個いっこちゃんと教えてよね」

「そりゃ勿論!」

 シュウが頷き、新パーティー結成が決まる。

 シュウは現実でも蒼の友人だと聞いたし、彼と繋がりを作っておけば彼から現実世界の情報を仕入れられるかもしれない。それに、蒼にとってもシュウと一緒にいるのが良いと思えた。

 しかし、次の言葉に稚葉は絶句する。

「それじゃ、これから通話する?」

「つ、通話……?」

 できるだけ自然な笑顔に見えるよう取り繕いながら、稚葉は問う。

「そう。いちいちチャットでやり取りするのもかったるいから、別に通話用のアプリ繋いで喋りながらやるんすよ。仲のいいパーティーは大体そういうのやってますよ」

「へ、へぇ~」

 目を泳がせつつ、さり気なく蒼のほうへ視線を送る。蒼は困った表情で小さく頷いた。

 現実なら「じゃあそうします」で済むが、今の稚葉たちはチャットだの通話だのという次元ではない。どうにかぼろが出ないように誤魔化さなければいけない。

 どうしたものかと困惑する稚葉に、蒼が助け船を出す。

「ごめんシュウ。姉さんのパソコンにはマイク付いてなくて、通話はできないんだ」

「じゃあスマホは? アオの貸してやれば?」

「それは……」

 今のご時世、子供でもスマホは一人一台がほぼ常識だ。ここで頑なに通話を拒めば、せっかく築いた関係に亀裂を作りかねない。稚葉はどう断るのが穏便なのかと頭をフル回転させるが、なかなか妙案は浮かんでこない。

 すると、リナリアが恥ずかしそうに小声で言った。

「あの、わたし、声でやり取りするのは……苦手で……」

「えー、やってみりゃ絶対楽しいって」

「シュウ、無理強いはよくないよ」

 蒼がすかさずリナリアのフォローに入る。我が弟ながらナイスだと、稚葉は内心でガッツポーズした。

 ミラも「しばらくはチャットでいいんじゃない~?」と追随する。

「ほぼ初対面だしさ~、ゲームに慣れてきたらまた考えるってことにしとこっか~」

 シュウ以外の満場一致で、通話の件は見送られることになった。

 しかし、この危機的な状況でわかったことがある。稚葉や(恐らく)蒼には音声で聞こえているすべての会話は、シュウやミラにはチャット上の文字で見えているらしいということだ。

 稚葉の耳に聞こえる彼らの声が一体どこから来ているものなのか、それはわからないが、この一点を気を付けておかないと、不用意に口を滑らせる可能性もある。あとで、蒼とリナリアとも話し合っておかなければ。

「じゃあさ~、次はパーティーの名前、決めよ~」

 おっとりした声音で、ミラが話を進める。

「名前っているか?」

 蒼が疑問を挟むが、ミラに「いるよ~」と一蹴された。

「前も決めようって言ったのに、アオっちがなんかうやむやにしたんじゃ~ん」

「そうだっけ?」

「そうだよ~。ね、シュウっち?」

「あれは、でもミラが変な名前ばっか挙げるからいっそいらないってなったような気がするけどなぁ。まあ、呼び名があること自体は俺も賛成だぜ」

 正直、稚葉は名前のことでああでもないこうでもないとやるよりも、さっさとこのダンジョンを脱出したいのだが、近辺の敵を一掃したのを良いことに、シュウもミラも悠長にその場に留まっている。ミラに至っては、ここで名前が決まらないことには動こうとしないかもしれない。

「せっかくだし、夏っぽい名前でなんか決めようよ~」

 こうなったら、思い浮かぶ候補を片っ端から出してミラの気分で決めて貰うのが手っ取り早い。そう思った稚葉は、夏から連想するイメージを口にしてみる。

「『ひまわり団』とか?」

「あねさん、破滅的にダサい~」

 せっかく出した候補ごと、ナイフで胸を貫かれた気分になった。

「『サマー・シャイニング』!」

「シュウっち、暑苦しい~」

「え、えっと……『金魚鉢』?」

「リナリア、それってパーティー名って感じじゃないね~」

 ミラ、否定の仕方が容赦なさ過ぎて、前回名前が決まらなかったのもこれが原因なのだろうなと思ってしまう。

「ミラはどんなのがいいの?」

「え~、『人魚姫と七人の下僕』?」

「誰が人魚姫で誰が下僕だ? っつか七人もいないし!」

「違うよシュウ、人魚姫を入れればメンバーは八人必要だ」

「今そういう話してないからな!?」

 冷静な態度で返した蒼に、シュウのツッコミが入る。蒼は提案する気がないのか、頭のなかで案を練りに練っているのか、まだ発表がない。

「アオっちはどう~?」

 ミラが催促しても、蒼はしばらく考える素振りをするだけで発言しようとはしなかった。やはり熟考中なのか。

 けれど、シュウもミラもなかなか返事のない蒼に対して特に口を差し挟まずに待っている。ここで茶化したりすると蒼は思ったことを言わずに、差し障りのないことを言って本心を誤魔化してしまう。シュウもミラも、そのことを知っていて待っているのだろうか。だとしたら、蒼は良い友人を持っているのかもしれない。

 稚葉が場の沈黙に感じ入っていると、ようやく蒼が口を開いた。

『……『緑陰同盟』」

「りょくいん?」

 稚葉が訊ねると、蒼は頷く。

「部屋の本棚の本のこと考えてて、それで、二つの本のタイトルを部分的に繋げてみた。『緑陰』っていうのは、木陰のことで夏の季語だし、集まって安らげる場所っていう意味で、いいんじゃないかと思って」

 これが『ひまわり団』を提案した姉の弟だろうかと、稚葉は我が身を省みつつ蒼に尊敬の念を抱いてしまう。

 なんでもかんでもスピードを求めがちな稚葉と違って、蒼はマイペースに考えごとをしていたいタイプだ。打てば響くように瞬時の応答を求められる中高生の会話には不向きだし、そうやって出された答えは少し小難しくて怪訝な顔をされたりもする。

 彼らはどうだろうかと、稚葉はシュウとミラの反応を待った。

「いいねそれ~! さっすがアオっち~!」

 ミラは笑顔で拍手をしながら全面的に肯定する。名付けのセンスは壊滅的でも、蒼の感性には理解があるらしい。

 さて、シュウは。

「いいんじゃね? アオのそういうセンス、まじかっこいいよなぁ」

 ミラほど感動している様子ではないが、こちらも蒼の案を支持するらしい。二人とも「アオの言うことなら間違いない」という安心が発言から滲み出ている。

 蒼が心から考えたことを、こんなにも素直に受け止めてくれる友人がいる。それは、なんて羨ましいことだろう。

「それじゃ! パーティー名は『緑陰同盟』に決定しました~! あとでグループチャットもこの名前で作っておくね~」

 そして、緑陰同盟と名付けられたパーティーで、稚葉たちはダンジョンのさらに深層を目指すこととなった。

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