第13話 切手――暗闇からの訪い

「これ、なんだろう?」

 ワカバは手の平の上に載せた小さな紙をしげしげと眺めた。

 ゲームの世界へ来てから数日が過ぎ、その間、ワカバはアオと共にアオの家(アオは「隠れ家」と呼んでいる)で共同生活を送っている。

 家といってもあくまでもゲームの世界での暮らしなので、衣食住には多少の不便が出てくる。

 衣食住の衣は、ゲーム内で装備品に分類されるものであれば、ゲーム画面から選べば現在着ている装備と入れ替えられる。出現した服はなぜかいつも新品のように綺麗だし、複雑な服でも自分で着脱する手間なく一瞬で着替えられるのでとても便利だ。ただし、装備品に分類されない肌着などは自分で用意して着替える必要があり、更に洗濯の手間もかかる。

 洗濯は、井戸から汲んできた水を煮沸して煮洗いする。街で買える石鹸を使うと汚れも匂いもすっきり取れる。

 食に関しては、街で出来合のものを買ってくることが多い。食材も買えるのだが、現実と違う肉や野菜をどう調理すれば良いのかまだわからないことが多く、おいおいチャレンジしていこうということになった。

 住は、寝起きする場所やくつろぐ場所には事欠かないが、風呂とトイレがない。調べれば、風呂はインテリアとして再現可能らしいが、改築のための費用と道具が必要らしい。それまでは、街の大衆浴場に通うことにした。

 トイレに関してはどうにもならないので、家の敷地内の目立たない場所に穴を掘り、目隠し代わりの木板で覆って用を足せるようにする。用を足すごとに土や落ち葉をかけていけば、あとは自然がなんとかしてくれるだろう。なんとなく共用は嫌だという理由で、ワカバとアオ、それぞれ専用のトイレを作った。

 そうして、ワカバとしては思いのほかあっさりと、こちらでの暮らしにも順応してきていた。不便に感じて現実の文明社会を恋しく思うことはあるが、ホームシックは特にない。学校も家の手伝いもないから、家事にいちいち手間がかかっても時間はたっぷりあった。街へ行きたいときは街へ行き、緑陰同盟で招集がかかればダンジョンへ赴く。ダンジョンで得た報酬を街で換金して家のものを買い揃えるのも楽しかった。

 そうやって買い求めたもののなかに、見慣れない小さな紙が混じっていたのだ。

「切手っぽい……?」

 サイズ感は現実世界の切手に近い。一回りほど大きいかもしれない。数字のようなものが読み取れるが、なぜか文字は読めない。この世界の文字は日本語と同等に読めると確認しているから、もしかしたらこちらの世界では一般的でない文字なのかもしれない。

 描かれている絵柄はなんだろう。モザイク模様のようでよくわからない。人か動物の横顔のようにも見えるが、目を凝らせば凝らすほど輪郭が逃げていくようで判然としない。

 文字も読めない、絵柄もわからない。なんだか不気味で気持ち悪いのに、どうしても目が離せなかった。

 アオに聞こうと思ったが、生憎と今日は出かけている。リナリアと出かける約束をしているらしい。ゲームの世界でイケメンになって、自分を一途に思う女子とちゃっかりデートとは!

「切手だったら、手紙に貼る? でも、手紙たってやり取りは基本メッセージかチャットだし、いらないよね……。なにかを届けるためのもの……うーん」

 考えても埒が明かない。そもそもこの紙切れが有用なものだとは限らないではないか。ただの不要な紙が、たまたま商品に貼り付いていただけかもしれない。そもそも、切手のように価値のあるものなら、売り物に貼りっぱなしにはしないはずだ。

「やっぱり捨てちゃおう」

 なんだか気味が悪いし、こういうものはさっさとなかったことにしてしまうに限る。そう思って紙を載せた手をぎゅっと握ろうとしたとき、ひらり、と、まるで紙が意思を持ったように手の平から逃げ出した。

「え?」

 はらはらと無軌道に舞う紙は、落ちると思えばふわりと浮き上がり、まるで吸い込まれるようにワカバの胸元、鎖骨のやや下あたりにぺたりと貼り付いた。

『お届け物を確認! 集荷に伺いました!』

 突然、耳元で甲高い少女の声が聞こえた。

 前を見ると、紫紺色の靄を纏って肌の青い少女が立っていた。郵便屋さんのような帽子とベストを着ているが、そこに組み合わされるのがノースリーブのブラウスにミニスカートと全体的にちぐはぐな印象だ。足元は丈夫そうなロングブーツ、肩から大きな革の鞄を提げている。口元はにっこり笑っているのに、どこか虚ろな目は一切笑っていなくて怖い。

「あなた誰!?」

 気配もなく突然家のなかに現われるなんて。ダンジョン以外は平和な場所だと聞いていたが、この世界にも空き巣や強盗はいるのだろうか。

 しかし、現われた少女はワカバの誰何には応じない。まるでワカバの声が聞こえていないかのように、強引にワカバの体に触れると、まるで物のように肩に担ぎ上げた。ワカバは当然抵抗するが、押さえ込む力が強すぎてまるで歯が立たない。

『集荷完了! お届け先へ向かいます!』

 誰に向かって宣言しているのか、はっきりとそう言ったあと、少女がワカバ諸共、紫紺色の靄で自分を包み込んで、ついにワカバがなにも見えなくなった。

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