第9話 団扇――非現実的夏祭り

 蒼の姿が雑踏に消え、稚葉は見も知らぬ街を、見も知らぬ少女と二人で歩いていた。

 街はすっかりお祭りムードで、さながら縁日のように屋台が出て、射的だ輪投げだ金魚掬いだと、あちらこちらになぜか和風な出し物の看板が掲げられている。宵の祭り特有のオレンジ色の灯りまで、ランタンで再現されていてノスタルジーが漂う。

「街は西洋風なのに、お祭りの雰囲気は和風な夏祭りなんだね」

「ファルタのお祭りは、日本の七夕がモチーフなので。ほら、浴衣を着ている人も多いですよ」

「ほんとだ」

 身軽な洋装、いかにも武人といった鎧姿、とんがり帽子の魔法使いなど、ハロウィンのコスプレかと思うような様々な姿の人が行き交うなか、時折見かける浴衣姿に、稚葉は少しほっとしてしまう。見慣れないものばかりで、先ほどから目眩が止まらないのだ。

 すれ違った浴衣集団を目の保養とばかりに眺めていると、横からリナリアが解説してくれる。

「七夕……『ファルタの夕べ』のイベントをコンプリートすると貰える装備みたいですよ。屋台の出し物でいい点を取ったり、街なかでNPC……えっと、プレイヤーではない、初めからゲームに組み込まれている人の頼みごとを叶えてあげたりするんです。浴衣以外にも、下駄とか水鉄砲とか風船とか、ここでしか手に入らないアイテムが手に入るみたいですね」

 なるほど、だから浴衣集団の一人は、背中全体を覆うようなどでかい水鉄砲を背負っているわけだ。プラスチックの安っぽさまで精巧に再現された、青い半透明の水鉄砲だった。

「それって、誰でも参加できる?」

「はい。やってみますか?」

 そう言って、挑むように稚葉を見上げたリナリアの目から、火花が散ったように見えた。

「リナリアちゃんもやる気?」

「ええ、夏祭りと聞いて血が騒がない人がいますか?」

 面白いと思った。リナリアのことは、小柄な容姿も相俟って、控えめで、どちらかといえば臆病な子だろうと勝手に決めつけていたが、夏祭りに闘志を燃やす目は、勝ち気さが溢れている。まるで、レースを前にトラックを見つめるスプリンターのようだ。

「やってやろうじゃん」

 稚葉も負けてなるものかと、彼女の目を見返した。




 輪投げ、射的、ヨーヨー釣り……稚葉は鬱憤を晴らすように屋台遊びに熱中した。

 平日は勉強と部活、週末は親と一緒に出かけるか家事をしている稚葉にとって、こんな他愛もない遊びで熱中するのは久しぶりだ。

 宵闇を地上から照らすオレンジ色の灯りのなかには、無数の人が娯楽を求めて行き交っている。そのなかに混ざってこの空間の一員になれることが、なんだかむず痒く、無性に嬉しかった。

「輪投げの的は動くモグラだし、射的の鉄砲は謎の魔法銃だし、ヨーヨー釣りで釣るのはスライムみたいな変な生き物だし、非現実感満載だけど楽しいね」

 手元で団扇の柄を独楽のようにくるくる回しながら、稚葉は隣を歩くリナリアへ言った。リナリアも満足げに頷く。

「はい、お祭りってやっぱり楽しいですね」

 リナリアは魔法使いの証のとんがり帽子を脱ぎ、代わりにモグラのお面をおでこに被っている。

「でも、お祭りの戦利品も戦いの道具になっちゃうなんてびっくり。しかも……」

 稚葉は片手を顔の前に掲げてステータス画面を呼び出す。装備品の一覧、武器のところに「風霊の息吹」と表示され、武器による攻撃力補正が「+30」、魔法防御力と素早さの補正が「+15」と表示されている。もともと持っていた初期装備の弓矢は攻撃力+5の補正のみだったので、大幅にステータスの合計値が上昇している。

「かなりいいアイテムだよね、これ?」

 ゲームをあまりやったことない稚葉でも、全体の数字が大きいほうが良いというのはなんとなくわかる。

「はい、季節ごとのイベントでは、イベントの進行度合いやミニゲームの成績に応じてアイテムが貰えるんです。お姉さんはミニゲームを無双しまくったので、かなりいいアイテムが貰えたと思います」

 稚葉はステータス画面を消して、団扇「風霊の息吹」をしげしげと眺める。波に泳ぐ金魚が抽象化して描かれた風流なデザインではあるが、形はなんの捻りもなく団扇そのものだ。ここから一体どんな攻撃が放たれるのだろうか。

 ちなみに、リナリアのモグラのお面は、モグラを召喚して戦わせることができるというものだ。リナリアも稚葉と同じくらいに「無双しまくった」ので、彼女の言を信じるなら、あの一見間抜けに見えるお面も、かなり強いアイテムなのだろう。

「ねえ、リナリア」

 稚葉がリナリアを見下ろす。長身の稚葉と小柄なリナリアでは頭ひとつ分、背丈が違う。見下ろした先で、彼女のおでこのモグラと目が合った。

「はい、お姉さん」

 モグラの視線が逸れて、代わりにリナリアの顔が現れる。オレンジ色の髪の下で、淡い水色の瞳が瞬いた。

「その、『お姉さん』って呼び方、やめてくんない?」

「そうですか? でも、なんとお呼びすれば……」

「稚葉、でいいよ、普通に」

「ワカバ……さん?」

 リナリアがまっすぐに稚葉を見上げて、そう呼ぶ。水色の瞳はまるで鏡のように見据えるものを映し込む。その目が団扇に描かれた金魚を見て、水色のなかで尾をくねらせたように見えた。

 この子は一体、何者なのだろう。

 そのとき、耳のすぐ近くで「ピコン」と音が鳴った。咄嗟に横を向くが、耳の傍にはなにもなく、少し遅れて、それが通知のアラートだと気が付く。

 念じて目の前にゲーム画面を呼び出すと、蒼からのメッセージが届いていた。

 稚葉はそれをリナリアにも伝えるべく、声に出して読み上げた。

「『たすけ、もとむ。かとら』……?」

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