Day23 ひまわり
町から電車とバスを乗り継いで行った先、バス停を示す看板がポツリと立っただけの停留所でアヤとミツキ、そして小学校の同級生が何人かが降りた。親切なバスの運転手はそこからの道も教えてくれたので、山間の道を一行は小さな足で辿っていった。両側に夏草の生い茂る道は舗装されてはいるものの、あまり車通りはない。もちろん人通りもない。片側のガードレールの下は土手になっており、その下にざあざあと水音を絶やさない渓流が見えた。道路のもう片方は山の斜面で、雑木林が落とす影の下を子どもたちはありがたく使わせてもらった。ただ、気温が町より低い分虫も増えるわけで、時々待ち構えていた藪蚊やら大きな羽虫やらに驚いた子どもの悲鳴と笑い声が響く。
渓流に架けられた鉄筋とコンクリートの橋を渡り、幾分か開けた斜面に沿った道を登ると、段々畑が横手に広がる。青々とした稲穂の揺れる田んぼ、背の高いとうもろこしや緑の中に鮮やかな紫を覗かせるなすびの畑を通り過ぎた先に、一人の老人が手を振っていた。
「アヤくん、ミツキくん。よく来たなあ」
「じいちゃん、久しぶり」
「初めまして」
「おお、思ったよりお友達多いな」
老人はからからと笑った。垂れ布のついた麦わら帽子、長袖ポロシャツに長ズボン、手には軍手、足元は長靴。腰にはペットボトルホルダーのついたポーチ。畑仕事の途中という出立ちだ。アヤとミツキのおじいちゃん? と誰かが聞いた。違うよ、とアヤとミツキは同時に首を横に振った。
「じいちゃんは昔からの知り合い」
「わしにアヤくんとミツキくんのじいちゃんは務まらんよ」
老人は子どもたちの先に立って緩い斜面を登っていく。真っ赤なトマト、鋭い棘のあるきゅうりの畑を通り過ぎた先に、ひまわり畑があった。子どもたちの歓声が上がる。
「さあさ、まずはそこに並ぶといい。背の高い子は後ろでな」
老人はいつの間にかカメラを取り出していた。ポーチの中に忍ばせていたにしては大きな、カメラマンのような本格的なカメラだ。子どもたちがはしゃぎながらああでもないこうでもないと並びを変えるうちにも、何回かシャッターが切られる。ようやく並び順が決まった後も、誰が誰を触っただのとお喋りは絶えない。ひまわり畑の前の記念撮影の後は、いよいよ中に入って良いとのお達しが降りた。子どもたちは一斉に畑の中に入っていく。
ひまわりにもいろいろな種類があった。子どもたちより背が高いもの、同じくらいのもの、背が低くコスモスくらいのもの。ひまわり畑の中にいる子どもたちを、老人のカメラは何枚かフィルムに収めた。最後は、それぞれ気に入った花を少しなら持って帰って良いと言われ、子どもたちは各々手に収まる程度の花を持った。それらを持って集合した写真は、さすがに来た時よりは疲労が見え隠れしていたものの、満足そうな顔をしていた。
「写真は、夏休み中に現像して家に送るからな。知らん人からの手紙だと思って捨ててくれるなよ」
「はあい」
子どもたちはそれぞれ帰り支度を始める。その時、一人の女の子がふと気付いたように、アヤとミツキに言った。
「アヤとミツキがおじいちゃんからまとめて受け取って、新学期に配ればいいんじゃないの? そうすれば絶対捨てちゃわないのに」
アヤとミツキは奇妙な表情をした。二人は顔を見合わせて、その後女の子に笑いかけた。
「新学期まで待たせちゃいけないしね」
「夏の思い出は、夏のうちにね」
そっか、と女の子は納得したようで、帰り支度に戻った。アヤとミツキの頭を、老人は両手でポンポンと撫でた。
「帰り、気をつけてな」
「うん」
「わかってる」
子どもたちは、行きと逆方向のバスに乗って山を下りて行った。後方の席を陣取って寝入ってしまった子どもたちを、親切なバスの運転手は駅についたところで起こしてくれたのだった。
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