Day18 群青

 水平線は案外きっちりと空と海を分け隔てているもので、海霧がなく天気が良ければくっきりと遠くまでその色の違いが見える。空の青と海の青は違う。漣は白く群青の上に模様を描き、空気の蒸し暑さに比べて、足元に打ち寄せる塩水はひんやりとしていた。

 アヤは水面をかき分け、とぷんとその全身を塩水に浸した。水深は浅く、容易に足がつく。それでも、水の抵抗をまともに受けながら歩くより、水面を泳いで行く方が早く進める。時折波の力も借りながら、水を掻いて進んでいく。群青の下は意外と明るい世界が広がっていた。海底にゆらゆらしている海藻やその合間から素早く顔を出してはまた見えなくなる小魚、ギザギザした表面の石、貝殻の破片が混じった砂。南国の海ではないから、美しい珊瑚礁があるわけではない。熱帯魚もいない。遠くはもやがかかったようによく見えないが、近づいて見てみたとして何か目新しいものがあるかと言えばそうでもない。それでも、ぼんやりと変化していく水底を、海面を掻き分けながら眺めるのは退屈しない。深さが増せば、その分少しだけ体を水底に向けてみることができた。背中に当たっていた太陽の熱が遠ざかり、海水が体表を撫でる。耳の奥がなんとなく圧迫される感覚があった。そこまで深くは潜らずに、また浮力に任せて水面に戻る。すぐそばで、急に泡が音を立てた。

「アヤ! どこまで行くの」

 頭が水面を突き破った。水中眼鏡の上に前髪が張り付く。水が滴り落ちる。アヤの隣にはミツキが、浮き輪を手に立ち泳ぎしていた。すでにアヤとミツキの足はつかない水深のところに来ていた。アヤは立ち泳ぎに切り替えて返した。

「さあ。どこまでだろうね」

「帰ってこれなくなるよ」

 ミツキはアヤの腕を引いて、浮き輪に掴まらせた。大きな浮き輪は二人分の体重でも、なんとか沈まずに水面に顔を出していた。

「……その時はその時じゃない?」

「今はその時じゃない。戻ろう」

 どうやらミツキをそれなりに慌てさせてしまったらしい。アヤはごめんと素直に謝り、浮き輪に掴まってミツキと一緒にバタ足で岸へ向かう。海は明るい世界を群青の水面で覆ってしまった。

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