Day14 幽暗
表情の判別の付きにくい暗がりで、女性は語った。
「私が初めて行ったお葬式はね。身内でもなく、老人でもなく、同級生の式だったの。中学二年の時だった」
アヤは無言で聞いていた。パイプ椅子に腰掛けたアヤの足は、相変わらず床に付かずにぶらぶらと揺れている。
「普通はね……普通が何か分からないけれど、自然の摂理として、年老いた人から亡くなっていくものじゃない。でも、私の親戚は幸い長生きな人が多くてね。それは幸せなことだったと思うけれど」
女性の服装は、上から下まで黒かった。黒いジャケット、黒いワンピース、黒いハンドバッグ、黒いストッキング、黒いパンプス。葬儀の装いだった。
「その子が亡くなったのは、七月のある日の夕方だった。交通事故だったらしいけど、次の日の朝に学校に行ったところで先生から聞かされてね。なんとなく今日は雰囲気がおかしいと思ってはいたのだけれど、その子はクラスも一緒になったことのない子だったから、現実味がなくてね。その上、本人がいわゆる不良ってやつで、学校に来ているかどうかも怪しかったものだから、余計何かの間違いじゃないかって思えて」
遠くでカラスが鳴く声が聞こえた。間伸びしてさえ聞こえるカアカアという声は、たくさん集まって何かを騒ぎあっている。彼らに鳴きかわす以上の意味はなくても、それを聞く人間の方はなんとなく不吉な気分にさせられるものだ。
「でも、先生たちがみんな打ちひしがれたような状態で、授業もまともに進まなくて。その日友達と何を話したかも記憶にないけれど、気まずかったと思う。部活までちゃんとした気がするけど、どの部活も早く切り上げて、夕方からのお通夜に学年全員参加した覚えがある」
アヤは窓の外を見遣った。建物の屋根に、カラスがびっしりと止まっている。真っ赤な夕焼けを背景に、影だけが連なるカラスの群れは、数を数えることが難しそうだった。アヤは諦めて女性に目を戻した。
「みんな、制服を着てね。地域の公民館みたいなところでお通夜があって。そこに中学生がたくさん来る様子といったら、ちょっと異様だった。学校の行事か何かみたいに、クラス別に並んで、代わる代わるお焼香をして、全員が終わった頃に解散になったけれど。その日の夕焼けがずっと赤くて、私たちが焼香を終えるまで沈まないでいてくれたみたいな錯覚すらあった」
女性は立ち上がった。廊下の向こうから、女性を呼ぶ声が聞こえた。
「なんてね。今日のお通夜は私の祖母だから、十八年前に亡くなった彼とは縁もゆかりもない人だけど、なんだか思い出しちゃった。聞いてくれてありがとう、アヤちゃん」
「いいよ」
アヤはパイプ椅子から降りた。窓際から立ち去る女性を見送る。真っ赤な太陽は建物の向こうに沈んでしまい、あれだけ止まっていたカラスの影も、もう見えなくなっていた。
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