もう一人の幼馴染み

 声がした方を見ると、ちょうど横断歩道を渡ってきた少女が晴人の顔を覗き込むところだった。



 肩まで伸びた少しうねる黒髪を左側にまとめている彼女は、切れ長な瞳も相まってクールな雰囲気を漂わせている。



 身長は平均よりも高めで、すらりと細い体形はモデルでも通用しそうだ。



「ああ、華奈美かなみ。」



 晴人が少女を呼ぶ。

 華奈美は晴人の前にいる実たちに気付くと、呆れたように嘆息した。



「また実ちゃんに絡んでるんだ。毎日よく続くわね。」

「うっ…。月宮、もう実ちゃんはやめてって言ったじゃん。」

「あはは、幼馴染みの特権よ。」



 複雑そうに顔を渋くする実に、華奈美は悪戯いたずらっぽく笑った。



 この月宮華奈美は晴人と同様、幼稚園時代からの幼馴染みである。

 小学校までは一緒だったのだが、華奈美は中学から私立へ進んでいた。

 それがどういう縁か、高校で再会したのだ。



 昔からの習慣だったからか、華奈美は実を〝実ちゃん〟、晴人を〝ハルちゃん〟と呼ぶ。



「あ、華奈美。お前からも教えてやってくれよ。こいつらのおかげで、オレがどんなに苦労してんのか。」

「え? ……もしかして、実ちゃん気付いてないの?」



「そうなんだよ! 鈍感にもほどがあるよな。」

「あー…。相変わらずなのね、実ちゃん。」



「二人してなんだよ!」



 まるで可哀想なものを見る目でこちらを見る二人に、実はたまらず叫んだ。



 そんな実に、華奈美がずいっと詰め寄ってくる。

 突然の彼女の行動に、実は思わず仰け反ってしまった。



「実ちゃん。」

「……何?」



 何を言われるのかと身構える実。

 華奈美は、真剣な表情で実の顔をまじまじと見つめる。



「ほんと、かっこよくなったよね。」



 その口から出たのは、そんな一言だった。



「……何それ。」



 拍子抜けする実。



「だって、本当にそう思うんだもん。かっこよすぎだよ。だからみんな、逆に近寄りがたいんだって。裏では、実ちゃんに憧れてる人がたっくさんいるんだから。」



「は、はあ……」



 そんなことを言われましても。

 反応に困る実を置いて、華奈美の口はどんどん回る。



「でもね、実ちゃんが冷たいわけじゃないでしょ? なんだかんだで友達は多いし、話しかければ気さくに返すし。だから近寄りがたいんだけど、みんな実ちゃんのことがすっごく気になってるの。できれば、お近づきになりたいなぁって思ってるわけ。……だから、私たち幼馴染みに探りが入るんだよね。ハルちゃんなんて実ちゃんと村田君の両方と友達だから、毎日誰かしらから話を聞かれてるわよ。」



「ま、待った。そこでどうして、おれの名前が出てくるんだ?」



 そこで拓也が、慌てた口調で華奈美に訊ねた。



「あら、この前から話題だよ? やっぱり、かっこいい人にはかっこいい友達ができるんだぁって。」



 華奈美はくすくすと笑う。



(……女子って分からない。)



 実と拓也は、ほぼ同時に同じ感想を抱いていた。

 お近づきになりたいというのなら、遠回りをせずに直接話しかければいいのに。



「ふふ……似た者同士なのね、二人とも。鈍感なの?」

「俺らが鈍感っていうよりか、女子が過敏なんじゃないの?」



 実は理解できないという表情で首をひねる。



「そうかもね。」



 華奈美はあっさり認めた。



「でも、多感なお年頃だもの。憧れたり、友達同士で騒いだりすることに罪はないでしょ? たくさん夢見て、たくさん憧れて、それでめいいっぱい毎日を楽しむの。男の子には分からないかな?」



 華奈美は楽しそうに笑い声を零した。



「確かに、理解するのは難しいかも。」



 実が大きく頷き、隣の拓也も渋い顔で首を傾げる。



 やはり、似た者同士か。



 二人の反応に華奈美は余計に笑い、晴人はがっくりと肩を落として片手で顔を覆うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る