第1章 束の間の平和

季節は変わり―――

 そこはまるで、西洋の宮殿のようだった。



 巨大な両開きの門を超えた先には、つた植物が絡んだ緑のアーチが三つほど続き、その奥の建物を貫くように短いトンネルじみた通路がある。



 そこを抜けて、ようやく建物に入るための大きな玄関が出迎えてくるのだ。



 広大な敷地には大きな建物が五~六棟ほど建ち並んでいる。

 中庭には芝生が青々と茂っており、こじゃれた噴水やベンチまで設置されていた。



 何を見ても、豪奢ごうしゃできらびやかなイメージを受ける場所。

 この建物はさぞ多くの人に感動を与え、愛されることだろう。



 ―――ここが学校でさえなければ、の話であるが。



 ここは私立聖清学園。

 県内最大の私立高校だ。



 創立百三十三年の歴史を持つ伝統校であり、数多くの著名人を輩出している有名校の一つでもある。



 莫大な金がかかる私立高校にも関わらず、県内外から入学志望者が殺到する聖清学園。

 必然的にここには、頭脳明晰な人間が集うようになっていた。



 進学校として勉学にもかなりの力を注いでおり、学園を卒業した暁には多彩な道が用意されている。



 卒業後は名門大学へ進学する者がほとんどだが、仮に別の道を選んだとしても、聖清学園を卒業したという学歴は社会でも絶大だという。



 それ故に、親の見栄でここへ進学する者も少なくない。

 ここは、将来に名を上げるための登竜門ともいえる場所だった。



「………」



 そんな雲の上にでもあるような学園を、拓也は道路を挟んだ向かい側の歩道から見つめていた。



 大通りに面したこの学園は、そんじょそこらの大型デパートなんかよりもよっぽど目立つ。



 今の時間帯は、大きく開いた門から制服を着た生徒たちがぞろぞろと出てくる頃だった。



 男子は薄い水色のシャツと、藍色の生地に青いラインが斜めの格子状に入ったネクタイ、ダークグレーのスラックスに紺のブレザー。



 女子は上半身は男子と同じ服装で、グレーのチェック柄のプリーツスカートを身に着けている。



 校舎の豪華さからすると、意外に落ち着いた制服である。



 拓也はその生徒たちを無為に見つめる。



 やがてその生徒たちの中に、こちらに向かって手を振ってくる人物が現れた。

 彼は早足に人波を抜け、横断歩道を渡ってこちらに近付いてくる。



「門の前にいりゃいいのに。」



 来た早々、彼はそう口にした。



「やだよ。この前、門の前にいたら声かけられまくったし、お前の友達だってだけで、なんかすごく驚かれたし。ここで気配を消して待ってる方が楽。」



「ああ…。そういえば、そんなこともあったね。」



「一体どんなことをしたら、おれがあんなに注目される状況になるんだ? 実。」



 横目に呆れた視線をくれてやったが、当の実は涼しい顔。



 季節は変わって五月。

 実と拓也は、お互いに高校へと進学していた。



 実が聖清学園に入学した理由は、ただここが家から一番近い高校だったからという点に尽きる。



 なんとも単純でいい加減な理由だが、あれだけ事件に巻き込まれていてまともに学校に行けなかったくせに、普通に受験してあっさり受かったというのだから、まあすごい話である。



 一方の拓也もその秀才振りを大いに発揮し、県内一の県立高校へと進学していた。



 拓也自身は進学しなくてもいいと言っていたのだが、〝 高校は出ないとだめだ!〟という親じみた尚希の強い反対により、こうして今に至る。



 ちなみに、梨央は陸上部の推薦でスポーツに強い市外の私立高校に進んだ。



 梨央は実との連絡が取りづらくなることを不満そうにしていたが、こればかりはどうにもならない。



 むしろ実としては、下手に梨央を事件に巻き込む危険性が減るので安心しているのが本音だった。



「んー? 別に、つっけんどんな態度を取ってるつもりはないんだけどなぁ……」



 実は大きく伸びをしながら、暢気のんきな口調で欠伸あくびをする。



「そんなこと言って、自覚がないだけなんじゃないのか?」



「知らないよ、そんなの。周りがどう思っていようと、それは個人の勝手じゃん。俺が口出しすることじゃないさ。それより、学校はもう慣れた? そろそろ、テストの話も出始めてるでしょ?」



 実がそう訊ねた瞬間、拓也の顔が若干ひきつった。



「ああ……出てたな。うーん……地球の勉強にも慣れたし、今回は実の手を借りなくてもどうにかなると思う。まあ、頑張るしかないよな。」



 深々と息を吐く拓也。



「まあまあ、あんまり気張らないでよ? ここのところ珍しく平和が続いてるんだし、楽しまなきゃ損だって。」



「まったく、お前は相変わらず余裕だよな。……あ。」



 ふいに、拓也の目が動いた。

 実もすでに気付いているのか、一つ頷く。



 そこに……



「みーのーるっ!!」



 背後から、両手を広げた人物が飛び込んできた。


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