第8話 リリアナ
ルシアはオレにだけ聞こえるような小さな声で呟いてきた。それを聞くだけでこれまでの戦いで培い、そう簡単に崩されない冷静さが溶け出し、オレの思考力を侵してくる。
オレの体に溜め込まれた力は一気に抜け、立つことは難しい。さながら自力で立てないでいる赤子の気分を味わっている。
「お兄ちゃんのお願いだし、頑張らないとね」
聖剣や防具などの準備を整えつつあるルシア。彼女は聖剣の出力を抑えつつ、勇者のためにあつらえられた防具ではなく、武器屋で買ったものを使っている。
勇者は聖剣以外の武器を持つと拒絶されてしまう性質があるので、聖剣はどうしても手放せない装備であった。
なので見た目は一般的な防具で誤魔化しつつ、聖剣も攻撃時以外は解放しない方法をとっている。
「じゃあ行ってくるね」
「頑張れよ」
ルシアはオレに手を振りつつ、オリハルコンを探しに家を出て行った。
「それにしても、この魔剣は凄いな」
オレは卓上に置いた刃を眺める。そこには刃こぼれ一つない、綺麗な刀身が覗いていた。
「製作者には是非会いたいものだが、相手が魔獣では厳しいか」
魔獣は大半が本能で動く、いわゆるけだものである。よって魔獣には大概話は通じず、どちらかが倒されるまで戦うしかないのが必定であり、そうなれば必ずと言っていいほどどちらかは死んでいる。
「ルシアが帰ってくるまで時間もあるし、解析も程々にして今日は出掛けるか」
今日は昨日集めた素材を使い、冷凍倉庫を作ることを計画していた。
オレは勇者パーティに属していた頃、自分の魔法を少しでも強化するために属性結晶を集めていた。
倒した魔獣が落とすことも多く、なかなかの量が集まっている。
ものを冷凍保存できれば干ばつや大雨で食料がダメになってもある程度の対策はできるし、水不足になった時に氷を食べて凌ぐこともできる。
「とりあえず数年は保つな」
当初はオレの攻撃魔法用に集めていたけど、ステータスが低過ぎて宝の持ち腐れだった素材たち。それらが今、村のために使われるのなら、あながち集めたのも無駄ではなかった。
まずは他の倉庫と同様にそれなりの大きさの小屋を組み上げる。スライムたちを上手く回していけば、大体数時間で建物はできる。
オレは指示を出しつつも、組み立てに集中しているスライムたちが見逃す可能性があるので、定期的に不備がありそうな細かいところを調べる。
「これで良しっと」
数時間後、オレの見立て通りに小屋の骨格は形になり、最終チェックをしても崩れる様子はなかった。
次に壁を作るために石材を加工していく。
「これくらいの大きさで良いか」
加工した石材を組み合わせ、隙間を埋めていく。結界で冷やすとはいえ、暖気が家内に入るとその性質が歪む可能性があり、しっかりと閉ざす必要があった。
「よし、こんなもんかな」
オレが作業をしている間、スライムたちは倉庫作りの追い込みにかかっていた。
そんな彼らを見てると、なんだか微笑ましく思えてくる。
「みんなありがとう」
オレは感謝の言葉を伝え、労うと彼らは嬉しそうにプルプルと震えていた。
後は冷凍結界を張るだけだ。氷結晶を家内の四隅に放り込み、魔力を注いでいく。
「頼むぞ」
魔力を注ぎ込むと、辺り一面が青白く光り出す。
すると、オレの視界から色が失われていき、世界から音が消えていった。
そして、まるでこの世界に自分しかいないような錯覚を覚える。そこへ暑い今日とは思えないくらいの冷たい風が吹いた。
「これは……すごいな……」
しばらくすると、目の前に広がっていた景色は一変した。
家の四方を囲っていたはずの石の壁はなくなり、代わりに透明度の高いクリスタルが地面から生えている。結界が視界の認識を勘違いさせているのだ。
そのクリスタルは太陽の光を浴びてキラキラと輝いており、その光景は幻想的だ。
「なかなか涼しいじゃないか。というより寒いな」
これならこの暑い日にも生肉や魚といった日持ちしない食べ物を保管できるだろう。
「流石レストさんですね。魔結晶はこの辺りではあまり採取できないので助かりました」
外に出ると、リリアナが冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「オレもまさかここまでとは思ってなかったです」
「この暑さですし、この冷気は嬉しいですよ」
そう言う彼女の額には汗が滲んでおり、相当に暑かったことが伺える。
「そういうことなら避暑地も設けましょうか」
氷結晶は数年分確保しており、この倉庫の他にも使える分はカバーできている。なので要望が多そうな避暑地の建築は現実味を帯びている。
「ふふ、私たちの村がレストさんに染められていきます。ふふふ」
リリアナはルシアみたいにたまに変なことを言い、笑みを浮かべていた。
「はは、まぁこれからも快適な暮らしができるように努力しますよ」
「期待していますね」
リリアナは笑顔で返事をし、オレはそれに苦笑いで返した。
彼女からはたまにルシアみたいな匂いがする。物理的な芳香ではなく、人格が似通っているのだ。
「さっきのは冗談ですけど、お願いしたいことはあります」
「何でしょう?」
「私の夫になってください」
「それはまた唐突ですね」
「私にとってレストさんは命の恩人でもあり、尊敬に値する方でもあります。そんなあなたに好意を抱くのは自然なことでしょう」
「オレなんかでいいんですか? どう考えても強い人は他にごろごろしていますし、顔だってオレは良い方じゃないですよ」
「強さや容姿なんて関係ありません。私はあなたの人柄に惹かれていっています。だからこうして告白したのです」
「えっと、すみませんがオレは誰かと結婚するつもりはありませんよ」
「は?」
オレは申し訳ないとは思いつつもリリアナからの告白を断ると、そこからすぐに舌打ちが聞こえてきた。
「なんでなんでなんでなんで! どうしてですか!? おかしいでしょ!! 今まであんなにアプローチしてたのに!」
「いや、そんなこと言われても……」
「じゃあ私が弱いからダメってこと? それとも女として魅力がないとか?」
「違いますよ。単純に結婚する気が……!」
「なら、捕まえるしかありませんね」
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