第4話 聖女様
オレはルシアを起こさないようにゆっくりと起き上がると、毛布をかけてあげる。
「オレがいなくても強くなったんだな……本当にすごい子だよ」
オレの知るルシアはオレがいなくなるとすぐに暴れ出す問題児で、オレを傷つけたと勘違いしては人殺しをしそうになる危なっかしい少女だったが、今は勇者として立派に成長したようだ。
「さて、明日はどうするか」
明日からはまた忙しくなる。まずはギルドに行って報酬を受け取り、またスライムたちと土木作業だ。今のエイル村は慢性的な倉庫不足に悩まされている。比較的平和な村だが、最近周辺の魔獣が活発になっており、傭兵はもちろん武器を収納する武器庫も不足していた。オレは今、武器庫の問題を解決するために働いている。
「とりあえず今日は休むか」
オレはソファで眠る妹を横目に見ながら、部屋の灯りを消した。翌日になり、オレはいつも通りに朝食の準備をしていると、寝室の扉が開く音が聞こえる。
「お兄ちゃん!」
「うおっ!?」
突然飛びかかってきたルシアによって、危うく押し倒されそうになったところを何とか堪える。
「おはよう、ルシア」
「うん! お兄ちゃん、会いたかった!」
オレはルシアを離すと、ルシアは抱きついてきて頬擦りをしてくる。
「どうしたんだ?」
「だって、お兄ちゃんがいなくなったから寂しくて……」
「昨日一緒だったじゃないか」
「半日じゃ足りないよ」
そう言うものなのか? オレにはよくわからない感性だが、妹にとって一日というのはそれだけ重要な時間ということだろう。
「ごめんね、お兄ちゃん……」
「いいよ。オレもルシアに会えて嬉しいから」
「お兄ちゃん……大好き」
「はいはい」
オレが頭を撫でると、ルシアは気持ち良さそうな表情を浮かべて、もっとして欲しいというようにすり寄ってくる。
「お兄ちゃん、ご飯作ってるんだよね? 手伝うよ」
「助かるよ。それならテーブルを拭いてくれ」
「うん! 任せて!」
ルシアは嬉々として食卓を整える。その後、オレたちは一緒に朝ごはんを食べ、二人で片付けをする。準備を終えるとオレたちは家を出た。
「お兄ちゃん、今日は何をするの?」
「ああ、まずは報酬を受け取りに冒険者ギルドに行かないとな。それから倉庫を建てよう」
「お兄ちゃん、今ギルドの傭兵やってるんだっけ」
「そうだ。村の倉庫が足りなくて困ってたらしいんだ」
「お兄ちゃんは働きすぎだと思うんだけど」
「まあ、今は仕事がないよりマシだからな。それにオレは好きで働いてるんだ」
「そっか。でも無理しちゃダメだよ。お兄ちゃんが倒れたら私嫌だから」
「わかってるよ。ルシアこそ無茶すんなよ」
「私は大丈夫。強いもん!」
オレたちがそんな会話をしながら歩いていると、前方から歩いてくる人物に気付く。それは聖女様だった。隣にいるのは護衛の騎士だ。
「あら、あなたたち。奇遇ね」
「おはようございます。これからギルドに行くんですか?」
「ええ、そうよ。ちょうど良かったわ。私も同行させてもらってもいいかしら?」
「構いませんけど、どうしてですか?」
「ちょっとね……」
聖女様は最近この辺りの魔獣の増加に伴い、人々を守るために掃討作戦を立ち上げたそうだ。それで自分の治める町だけでなく、周辺の村からも戦力を募りたいと話してきた。
「生憎とこの村にはB級以上の傭兵、冒険者はおらず、期待には応えられないと思います」
オレは聖女様には悪いと思いながらも、この村の内情を正直に話す。
オレの知る限り、この村に戦える人間は多くない。
村人で腕っぷしの強いのは数人くらいだ。それも力仕事をしているだけで戦闘向きではない。
オレはあえてルシアの名前を出さず、彼女には目配せで離れるように促す。そうしないとまた騒ぎになってしまうからだ。幸いにもルシアは空気を読んでくれたようで、大人しく離れていってくれた。
「残念だけど、仕方ないわね」
「すみません、力になれず」
「いいのよ。あなたたちのせいじゃないし。一応ギルドにも顔を出してみるけど、期待しないでおくわね」
ギルドに着くと、聖女様は受付へと去っていった。
「ルシア、お前は先に帰ってくれ」
「なんで? 私も行くよ」
「いや、聖女様にルシアが勇者だとバレたら大変なことになりかねない」
幸いにも実力派である聖女様が指揮を取るのもあり、勇者がいなくてもなんとかなりそうだ。
「うーん、わかった」
ルシアは渋々と了承してくれた。オレがルシアを帰らせた理由としては、もし万が一ルシアが勇者だと言うことが知られた場合、村に彼女の来訪を望む人たちが雪崩れ込み、収拾がつかなくなる可能性がある。そうなったらオレでは対応できない。
オレはルシアを見送りながら、とりあえずいつもの仕事をしようと考えていた。
オレも受付に向かうと、その辺りでは騒然としていた。何事かと思っていると、すぐにその答えが判明した。
「おい、聞いてねえぞ! あんな奴が来るなんて!」
「俺だって知らねぇよ!」
「どうした」
「こっちには来ないはずの討伐対象の強力な魔獣たちの群れの一部が、いきなり進路を変えて迫ってきたんだ」
「なんだと」
これまでこの村に強い魔獣が侵攻してくることは無く、来るとしても少数のゴブリンやオークといった弱い魔獣ばかりであり、オレにでも対処はできる相手で占められていた。
今回はそんな甘い相手ではないようで、B級の魔獣であるヘルハウンドまでいるらしい。
オレはすぐに報告書を確認すると、そこには確かに『ヘルハウンド』の文字があった。ヘルハウンドは巨大な魔力に引き寄せられる習性があり、聖女様はそれを利用して敵を誘き寄せていたわけだが、どういうわけか誘導から漏れてしまった個体たちが出たようだ。
「ヘルハウンドはオレがやる。他の連中は雑魚を頼む」
「わ、私も行きましょうか」
「ダメです。魔獣の群れの本隊はあなたがいなければとても倒せない。あなたはそちらへ向かってください」
聖女様がオレに手を貸そうとするが、それでは本隊を撃ち漏らすという本末転倒な状況になり得る。オレなら問題はないはずだ。
「わかりました。無理だけはしないようにお願いします」
「はい。必ず倒しますから安心して下さい」
オレはそう言ってギルドを出る。すると村から少し離れた方で激しい爆発音が聞こえてきた。
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