第3話 勇者ルシアと共に


 彼女が勇者だとどこで知ったかは知らない。おそらくオレとルシアの会話を盗み聞きしていたのだろう。リリアナは普段の冷静さを欠き、興奮している。ルシアを指差しながら糾弾を始めた。


「いいですか? 魔王を倒すのは勇者の務めです。それを放棄してこんなところにいてどうするんですか」

「リリアナさん、落ち着いてください」

「レストさんは黙っていて!」

「ひいっ!」


 リリアナの放つ威圧感に耐え切れなくなったオレは押し黙るが、ルシアはどこ吹く風とばかりに平然としている。


「もう勇者の務めは果たしたわ」

「ふん、嘘は大概にしてください」

「ど、どういうことだ」


 ルシアの意味深な言葉にはオレも言葉を濁し、流石にリリアナの肩を持ってしまった。

 ルシアは戸惑うオレたちを見てニヤリと笑うと、持っていた袋を開く。


「ま、魔王!」

「もう倒したから」


 その中身はなんと、魔王の首であった。しかもまだ生々しい血が滴っている。


「ルシア、これは……」

「魔王の亡骸だよ。私が倒したの」

「なっ!?」


 オレが驚愕の声をあげると、ルシアは得意げに胸を張る。いくらなんでも早過ぎだ。


「私はお兄ちゃんに会うために魔王を倒したの」

「そ、そうなのか……」

「うん。私が強いのは知っているでしょ」


 ルシアのレベルは520を超えている。それだけの強さがあれば確かに魔王も倒せるかもしれない。

 魔王の亡骸の顔は苦痛に歪み、いかにも悪人の最期といった面持ちをしていた。この男を殺したことでルシアの心が晴れるなら、それで構わないと思うが、妹の表情はまるで盗賊みたいに邪悪に満ちており、素直に首を縦に振るにはオレの良心が妙に痛む。


「お兄ちゃんもレベルがそれなりに上がってるみたいだね」

「ステータスはオールFだがな」


 褒めちぎる妹のステータスはオールSSSであり、ちょっと成長したとはいえとてつもない開きがオレの冒険者としての自信を喪失させ、泣きそうになる。


「ルシア、これからどうするつもりなんだ?」

「魔王討伐の旅は終わったのだから、お兄ちゃんと一緒に暮らすつもりだけど……」

「……え? マジで言ってんのか?」

「本気だよ。魔王の討伐が終わるまで我慢してたんだもん」

「でも魔王は一体だけではなかったぞ」

「それを言うなら勇者だって一人じゃないよ」


 ルシアはオレの前だと甘えん坊になり、逆に鉄仮面みたいな冷徹な態度は一切見られなくなり、完全にデレてしまっている。


「お兄ちゃんがいなかったら魔王を倒しに行くなんて考えなかったよ」

「そ、そうなのか」

「お兄ちゃんがいなかった間のことはまた後日に話すよ。今日は一緒に寝ようね」

「あ、ああ……リリアナさん、今日は帰ってくれないかな」

「ちっ……レストさんがそう言われるなら、ここは大人しく従いましょう」


 リリアナはどこか含みのある言い方をするが、納得はしたようであり、オレの家から出ていった。


「さあ、お兄ちゃん」

「う、うん」


 ルシアはオレの腕を引っ張ってソファへと連れていく。そしてそのまま二人でくつろぐ。


「えへへ、お兄ちゃん、大好き」

「お、おう」

「久しぶりに一緒に過ごそ」


 今のルシアはとても世界の命運を背負った勇者には見えず、今は単なる甘えん坊な妹である。


「せっかくだし飯でも食うか?」

「うーん、お兄ちゃんの手作りなら食べる!」


 生憎とまだまだ聞きたいことがある。魔王を倒した後、勇者パーティはどうしたのだろうか。魔王はまだいるし解散とまではいってはいないだろうが、ここに妹だけが来るのは不自然なのが否めず、何かあったのではと勘繰ってしまう。


「お兄ちゃん、お腹空いた〜」

「わかったから待ってくれ」

「早くね!」

「はいはい」


 ルシアの催促により、オレは台所へと向かう。料理はそこまで得意ではなく、手抜き料理しかできないが、それでも彼女は美味しいと言ってくれる。


「ふぅ〜食べたぁ」


 ルシアは満足気に息を吐き、膨れたお腹をさすりながら、ソファの上で横になる。

 お風呂に入った後はベッドで久しぶりに二人で眠ることになった。


「お兄ちゃん、こっち来て」

「はいはい」


 腕枕をしながら、ルシアの頭を撫でると気持ち良さそうな顔を浮かべて、もっとして欲しいとばかりにすり寄ってくる。


「ルシア、オレと別れた後のことを話してくれないか」

「うん! お兄ちゃんと別れた後、バルアスからお兄ちゃんが抜けたって聞いたんだけど、それでプチってなってね、バルアスをボコボコにしたの」


 やっぱりそうなったと、オレは予想通りの展開に苦笑いする。


「バルアスをボコボコにしてもお兄ちゃんは帰って来ないし、だから一刻も早く魔王を倒しに行ったんだ。魔王の強さ? あんなのに世界が脅かされてたんだって思ったわ。お兄ちゃんいなくなってからぐだぐだと一週間くらいに魔王城に着いて、私の力であっという間に倒せたけど、その時にお兄ちゃんがいないことが改めて寂しかった。あの距離、地図が正確なお兄ちゃんがいればあっさりだったのに。バルアスが今も憎いよぉ」

「そうか……」

「それで魔王を倒した後にお兄ちゃんに会いに行こうと思ったんだけど、お兄ちゃんはどこにもいないし、お兄ちゃんを探すために色々と旅をしたの。でもお兄ちゃんがいない。こんな世界なんて要らないって感じちゃって一度は壊そうとしたんだ。でもどこかにいるお兄ちゃんまで死んじゃうって考えたら止まったんだ。バルアスがお兄ちゃんを殺さなくて良かったよ」


 その話を聞く限り、オレがバルアスに殺されていたと確信したら世界はルシアに滅ぼされていたかもしれないと思うとゾッとする。


「それからは一人でずっと探してたの」

「そっか、大変だったな……」

「でもやっと会えた!」


 ルシアは嬉しそうにオレの腕を強く抱きしめる。


「お兄ちゃん、もう離れないでね。私、すごく寂しかったんだよ」

「ああ、オレはルシアの兄ちゃんなんだ。離れたりしないよ」


 オレはルシアの頭を再び優しく撫でた。すると彼女は幸せそうに目を細めて、猫のように甘えてくる。こうしている間は勇者でもなんでもない、ただの可愛い妹だ。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」


 オレの名前を呼ぶ彼女の声は次第に小さくなっていき、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。

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