第2話 村での生活


「そんなの嘘! 本当はレストくんだって寂しいんでしょ? だからあんなに必死になってルシアちゃんを守ろうとしてたんじゃ……。なのに今更逃げるなんて卑怯だよ!」

「……」

「ねえ、もう一度考えてみて! このままだとレストくんは……」

「オレは……」


 オレは立ち止まり、振り返った。


「すまん……」


 そして彼女に一言謝ると、夜の暗闇に包まれた向かって走り去る。彼女が地面にへたり込んでいるのを尻目にしても、オレの決意は変わらなかった。



 オレが勇者パーティを抜けてから一ヶ月が経つ。オレは小さな村であるエイル村で細々と営まれているギルドの雇われ兵士になり、唯一テイムできるスライムを使役して村に貢献する道を選んだ。

 正直言って妹のためとはいえ、勇者パーティでの活動は荷が重かった。妹に別れを言うこともできず強制的に辞めさせられたのは思うところはあるものの、肩の荷がすっと下りていったのを感じられ、どこか晴れやかな気分だった。


「ふぅ、今日の分の作業は終わったな」


 オレは今日、スライムと一緒に土木作業をしていた。オレはテイマーの力によって人手を集めるのが得意だ。そのため、村の近くにある崖を崩して新しい道路を開拓するというクエストを請け負い、スライムたちと共に汗を流して働いていたのだ。


「よし、お疲れ様」


 オレはたくさんいるスライムに労りの言葉をかけ、餌となる木の実をあげる。たくさん用意した木の実に10匹いるスライムは群がり、美味しそうに食べ始めた。


「さてと、そろそろ帰るか」


 オレは荷物をまとめて背負う。これから家に帰るのだが、その前にやるべきことがあった。


「あっ、レストさん!」

「こんにちは」


 村の入り口に着くと、ギルドの受付嬢である金髪エルフ、リリアナが声をかけてくる。彼女はいつも通りの明るい笑顔を浮かべ、オレは彼女に会釈した。


「お疲れ様です」

「ただいま帰りました」


 リリアナはオレの挨拶を聞くなり、頬を膨らませてオレに詰め寄る。


「もう、最近は全然わたしのところに来てくれなくて寂しかったんですよ?」

「すいません。でも仕事が忙しくて……」

「またそんなこと言って。ほらっ、今日は私とお食事に行きましょう」


 他の従業員はともかく、リリアナはやたらとオレに対して積極的だ。彼女がゴブリンに襲われ、命を落としかけたところをオレが助けたのがきっかけだと思うが、そのパターンなら他にもいるはずだ。なのに、なぜか彼女はオレのことを気に入っているらしい。


「あの、本当にすいませんでした」

「もう、そんなに謝らないでくださいよ。それより、食事の約束はどうします?」

「先にギルドに行って報酬を受け取りたいんですが」

「じゃあ私が報酬を出しますから一緒に行きましょう」


 リリアナの見た目はエルフとあってとても美しい。そんな彼女の誘いを断わるのは忍びないが、オレは家に帰った後、武器の手入れなども予定している。

 食事にはある程度落ち着いた時期にお呼ばれしようと思うし、今は我慢してもらおう。


「あ、そうだ。実はですね、レストさんのことで聞きたいことがあるって方が来てまして、今、ギルドで待ってもらってるんですけど……」

「え? 誰ですか?」

「それが、ちょっと変わった方で……勇者を名乗る14歳くらいの女の子なんですが」

「え?」


 オレはその情報から会いに来た人物が妹だと即座に理解する。この村と魔王領は逆の方角であり、そこから察するに彼女は勇者としての責務を放棄してこちらに来たとしか思えない。


「わかりました。すぐに向かいますね」

「お願いします」


 ギルドに入ると、そこには鎧姿をした銀髪青眼の美少女が座っていた。間違いない、妹のルシアだ。

 彼女はテーブルの上に両足を乗せ、腕を組みながら無表情でありながら不機嫌そうなのが丸分かりな顔つきをしている。しかし、オレの姿を見ると嬉しそうに笑みを浮かべ、立ち上がった。


「お兄ちゃん!」

「る、ルシア……」


 一ヶ月の別れはすぐに終わり、オレはブラコン真っ盛りなルシアに抱きしめられる。久しぶりの妹の感触に涙腺が崩壊しそうになるも、なんとか堪える。


「よかった、お兄ちゃんに会えて嬉しい」

「ああ、オレもだよ」

「それでね、お兄ちゃん。早速だけど、私のステータスを見てほしいんだ。別れていた間に見てもらえなかった分だよ」


 ルシアのステータスは勇者らしく、バランス型かつ全てが高い水準である。しかもしばらく見なくなった間に著しく逞しくなっており、貧弱なままのオレとは次元を完全に異にしている。


「会えたのは嬉しいんだけどさ」

「ん? いきなりしんみりしてどうしたの、お兄ちゃん」

「お前は勇者だ。魔王を倒しに行かなきゃダメだろ」

「……」


 勇者は魔王を倒せる唯一の存在だ。そんな使命を背負った彼女が個人の感情でそれを放棄してはならない。

 妹は王都を出る際、その選択をした。ならばその使命を果たさなければならないのは道理である。


「魔王……かぁ」


 ルシアはなぜかヘラヘラと笑う。まるで自分が世界を救うことなど大したことではないかのように。そういえば彼女は片手に袋を持っている。そこから漂うのは不快な臭いで、意識を向けると鼻が曲がりそうだ。


「まあいいや。それよりもさ、早くお家に帰ってお話ししようよ。お兄ちゃんがいなかった時のこととかさ」

「おい、ちょっと」

「さあさあ、レッツゴー!」


 オレに対しては明るい笑顔を見せるルシアはオレの手を強引に引っ張っていく。そしてそのままギルドを出ていこうとした。

 リリアナから報酬を受け取り損ねたけど、ルシアから聞きたいことは山程あるし、仕方ないか。

 オレの今の自宅は質素であり、小さなベッドと机しかない簡素な部屋だった。その部屋にオレとルシアは腰掛けている。


「へぇ、ここがお兄ちゃんのお家なんだ。綺麗だね」

「それにしても、どうしてここに来たんだよ」

「えーっと、それはねぇ」


 ルシアが言い淀むと、突然部屋の扉が勢いよく開かれる。そこにいたのは鬼の形相を浮かべたリリアナだった。


「ルシアさん! あなたは何を考えているんですか!?」

「リリアナさん?」

「ここは勇者様が来るような場所じゃないですよ!」

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