第9話 ポケベル(令和最新版)が鳴らなくても恋は待ちぼうけ
港青人にとって、スマートフォンとは現代の悪である。
理由は単純だ。一台の端末に過剰なまでの情報(アプリ)を詰め込み、手軽に脳を刺激する仕掛けが満載で、一度手に取ったら戻る事は出来ない中毒性がある。
世界的にもスマホが与える影響を問題視する声は多い。大人も子供も、無意識の内に時間を浪費し、通知や広告に気を取られ、精神的に負荷を負ってるのすら気付かない。
まさに現代文明が産んだ闇だ。
「……ふむ。ついにこの時が来るとは」
だからと言って、スマホが完全な悪だ今すぐ捨てろ、という主張は非現実的だと青人は思う。
大事なのは「使い方」。
何も、一から十まで害悪だなんて唱えるつもりは無い。必要に応じた使い方を身に付ける。スマホの説明書よりも、これが明示的に説明されないのが問題なのだ。
という事で。
「ガラケーの生産終了に伴い、ついに俺の人生にスマホが登場するとは……」
中学生までは親から譲り受けた化石みたいなガラケーを緊急用として持っていたが、それも寿命を迎え、めでたく現代人の仲間入りを果たした青人。
今の情勢だと幼少期から多くの子供が連絡用の端末を持たされているため、早い段階でみなスマホを使っているのを横目に見ていた青人は、その危険性を目の当たりにしており、ずっと避けていたスマホ。
それがこの手にある。
「早速グループチャットに参加、と……」
などとぶつぶつ言いながら設定等を行っていく。特にガラケーだと非対応だった学校用のグループチャットアプリは重要度が高い。ここには随時学校の連絡事項や、教科ごとの課題確認、特定の生徒への連絡が可能だ。
要するに、これさえあれば何もいらない(そう、青人にはね)
(俺はSNSもゲームもやるつもりもないし、連絡さえできればいいんだよな)
(自分の時間邪魔されるのは嫌だし、グループチャット以外の通知は全オフしておこう――)
ピコン。
そう思った矢先、デフォルトで入っていたSNSアプリの通知が鳴った。
<グループチャット"1-2"のお友達の情報を収集しますか?>
<お友達の呟きを今すぐ表示できます>
「………っ」
早速の攻撃であった。何とも手軽にクラスメイトらのタイムラインを見れてしまうのだろう。
だが、ここで反射的な反応は早計だ。
まずは本当にクラスメイトの呟きを見るのが必要か考えよう。
(学級委員としてクラスメイトの状態を確認するのは大事だ)
(しかし、所詮呟き。大した事を流さないだろう。それに、誰と誰が連絡取り合ってるとか、どこどこに行ったとか、俺にとってはどうでも)
(うん? 待てよ)
ある事に気付いた青人。
(呟き、だからこそ思わぬ収穫があるのも、また事実)
(当人が呟やかなくても、他の誰かが呟く可能性だって大いにある)
(そう例えば――磯子の事とか)
ただでさえ学校内でも人目を惹く存在である瀬谷子の事である。それこそこの前の休日のようにばったり出会したら呟かずに居られない人間も多かろう。
(そうだこれは情報収集ツール。あくまで調査用。我が人類のために必要な事)
念仏のように1人唱えて青人はスマホの通知に初めてタップ操作を行った。
大事なのは――使い方。
###
だからこの時、瀬谷子は<青人さんがあなたを友達に追加しました>の通知がスマホに飛んできた時、半端なくびっくりした。
「えっ……え、え、」
時刻は21:00。
ようやく"サイレント"の作戦会議が終わった頃合いであった。
「よーダミン。これから本部の連中と埼玉侵略の打ち上げやんだけど、あんたも来るだろー?」
「えっ、あー、」
「? なした?」
1人スマホを両手で持って固まっているところに、同期である"ベノベノ"が瀬谷子へ肩を組む。
彼女の独特の甘い匂いが瀬谷子の頭をくらくらさせる。
「この後は、ちょっと……」
「あー? おいおい、あんま無碍に扱いなさんなよ。今日の本部の連中、高スペック男子3人お取り寄せだ。マハヤ様のご厚意でな。いつもは平の中年共だが今夜は特別コース」
ベノベノの鮮やかな目が急激にこちらを覗き込んで来る。音もせずに近づくのは彼女の得意分野だ。
「まさか、合コン……」
「うひひひいい。アタシゃもうソッチで何人もキープがいるが、あんたはまだゼロだったろ。ほうら、うちらもいい歳だぜ。優秀な遺伝子引き継ごうや」
やたらとんがった八重歯を見せてベノベノが不気味に笑う。性別的に女だが何ともおっさんくさい物言いが懐に入って来る。
瀬谷子も先日のマハヤからの件で若干その話題には敏感になっていた。これはお試しにでも行った方がいいのではないか。
「……でも」
「3人とも若手で幹部候補。結婚したら悪鬼から"悪魔女"に進化するのは自明だぜ。もちろん、それなりの"交配"はいるがな」
「……安泰な生活」
「タワマン暮らし」
「……たまの海外旅行」
「不労所得も夢じゃない。さあ子供は何人御所望かい」
「くっ……!」
今まで興味の無かった瀬谷子にとって待遇は充分な相手である。やたら会話が俗っぽいのはあれだが、悪の組織員も1つの社会であり、上席になれば当然生活は潤う。
つまり、"サイレント"の女共にとって内部結婚は自分のQOLを効率的に上げる手立て。逃すのはもったいない。
だけど、まあ
「……ううん、やっぱダメ」
もう少しだけ
(今は行けない)
時間が欲しい。
(――だって)
だって
『す、好きな人いる、し』
###
「な、なんだって……!」
一方自宅にて想像以上に大きなリアクションを見せた青人は隣の部屋から妹の壁ドンを食らっていた。
「いや仕方ないだろ……! いきなり向こうの声がテレパスされて来たら誰だって驚くし……ああいや、それはともかく!」
涼しいはずのクーラーの風すら熱っぽさを覚える青人。
不定期にお届けされてしまう瀬谷子の心の声。それが、何とも彼女の事を考えていたこのタイミングで来るとは……まさか見られてるとかは無いよな? 意味なくキョロキョロしながら、スマホの画面に視線を戻す。
(なんてタイミングだ。ちょうどグループチャットを見た途端にこんな)
(いやそれより、なんで今、やつは"好きな人"について考えた? 誰かに訊かれた? 誰に? あの"沈黙姫"で有名な磯子が……)
(まさか――現在進行形で告られ中)
本来の目的を忘れ始めたのも他所に、悶々とし始める青人。
仮にも瀬谷子は同学年では有名人。この深い時間に何かあってもおかしくは無い。
(そうだよな、充分あり得る事だ)
(あいつが本命じゃない男から告白を受けて、それで無意識に出たんだ――本音が)
(なるほどな。だから今まで大量の告白を玉砕して――)
「って、何俺はあいつの好きな相手を!」
ドン! と再び隣の部屋から攻撃。築20年の木造アパートは今日も身を削らされている。可哀想に。
「落ち着け落ち着け。何も俺が焦る必要――」
そう誤魔化そうとしたところ、手元のスマホの画面に、クラスメイトの新規呟きが通知された。
<瀬谷子さん 21:20>
<急募 合コン 断り方>
「…………合コン……」
そこでようやく合点が行った。
(なんだ、合コン断ってた最中だったよか……)
(って! 高校生がそんなはしたない事を!)
本人の気持ちも知る由なく、結局、スマホを手放せなかった学級委員であった。
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