第8話 吾輩は"猫被り"(異能使い)である

 この前の定例会が終わり、いよいよ期末テストの空気にクラス全体が重くなってきた時期となった今日、放課後、青人は別件で生徒会室に訪れていた。


「すみません。申請書の確認お願いします」


 夏季休暇期間中の申請資料を提出し、不備が無いかの確認を受ける。休暇前は申請が立て込むため早めに提出しに来たが、それでも生徒会室は忙しく駆け回っており、居心地はどこか悪い。


(……まるで休日開庁の役所みたいだな)


 忙しさからか、自分の呼びかけに反応を示そうにも手が離せない様子の生徒会役員。これに給与が出ないというのだから役所よりやばいんじゃないか、なんて思うのも無理はない。


「あの、すみ――」


「申請書確認依頼ね。こちらで承るわ」


 再度呼び掛けをしようとところで、柔和な笑みを浮かべて泉見が現れる。どんなに忙しそうでも彼女だけは余裕のある態度を崩さない。

 それがある意味不気味でもある。


(鶴見泉見会長)


(どんな距離に居ても特定の人間が発した声を聞き分ける能力を持つ……傍受人)


(こちら側の人間とは言え、個人的には不気味な存在だよな……能力としても、俺は読心する相手を選べないが、会長の場合、傍受したい相手を自由に選べる――つまり都合の悪い言動をした者は簡単に特定され、生徒会長の高い権限で潰せるって事だ)


(と言っても、結局は"元異能者"。そこは俺と同様で、全部の声が聞こえるはずはないが――)


 と、考えを巡らしている最中。


「あら、どうしたのそんな怖い顔して」


 夕焼けの中から愛想の良い声が聞こえ、青人は我に帰った。

 ただでさえ泉見の容姿は情緒ある奥ゆかしい麗しさがあるのに、逆光のせいで艶を帯びた顔がこちらに向く。正直、誰でも心拍数が上がる。


「あ、いや、こういう雑務はあまり会長が担当しない印象があったので。今も忙しそうでしたし」


「忙しいからこそ、よ。それに、あなたくらいの古株の学級委員を無碍には出来ないわ。"お得意様"だもの」


「あー……そう、ですね」


 泉見は青人の事を生徒会の役職に就いた1年次から知っていた。


 中高一貫である横浜統合の中でも、毎年学級委員に立候補している酔狂な生徒は彼ぐらいだったし、それが一部で話題になっているのは自覚していた。


 だから生徒会という役職に就く泉見が、後輩である自分の名前を知ってるのは不思議な事でもなかった。


 時に自分の堅物さも裏で彼女は尊重してたと言う。青人としても、泉見の事は素直に感謝と尊敬していた。


 自分と同じ異能の残り香を感じなければ。


「ねえ、港君」


 荷物を纏めて立ち上がろうとしたところ、泉見の顔がすっと近づいてきた。


 目を奪われる程整えられた黒髪。心地良い花の香り。夕焼け越しに感じる妙な色香。


 これは、狙ってる。


「近いです」


「あら」


 媚びるような大きな目が、青人を捕らえて離さない。悪戯っぽさが余計に惑わせる。


(普通の男なら不純な気持ちになっていた……)


 あまり異性からのそういう攻撃は、表情に出さない青人であるが、この時は素直にそう思った。


「で、なんですか」


 背筋を伸ばす。


「いや、君のクラスに、磯子瀬谷子ちゃんっているでしょう? その事で少し」


「磯子、ですか?」


 彼女の名が告げられ軽く鼓動が早くなる。


 確かに瀬谷子は"沈黙姫"としてある程度名は知られているが、わざわざ生徒会長がここで言う必要があるか、と。


「ねえ、あの子は何者?」


 この元異能者が、何故自分に言うのか、と。


「……何者とは」


「そのままの意味よ」


「そのまま、ですか」


 優しく諭すような、しかし含みを持たせた口調だった。なんだか素直に肯けない。


(別に俺は磯子の事を庇う事は義理はない。アイツは人類にとっては脅威の存在)


(人間の皮を被って、襲撃を行うために学生として身を潜めている、"敵"なんだ)


(だからここで、全てを会長に伝えるのが普通やるべき事)


(けど……それを俺は今までやらなかったのは、なぜだ?)


 テレパスによって知った彼女の正体――テレパスでしか知られなかった彼女の――本当の姿。


 他の人間の心の声は、今の青人には聞こえない。


 聞こえるのは、瀬谷子だけ。


 それだけ。


「……何者でもなく、普通の女子ですよ」


 ――ゆらり、波を感じた。


 小さく揺らぐ、痺れを持ったような、波。


 既視感のある感覚だった。


「ふうん、普通ね、」


「は、はい」


 それは少しずつ大きくなる。


 泉見の声に合わせて、徐に。


「本当に?」


 そして自分の奥へと、何かが繋がる。

 いや、元々繋がってたのかもしれない。


 ようやく、目を向けられた、そうなのかもしれない。


「本当です」


「ふーん、そう。そこまで君が言うなら間違いないのね」


「俺、鶴見会長に嘘はつきません」


 ここは真っ直ぐな目をして言っておく。


「……うん、信じるわ。ご協力ありがとう」


「よかったです」


 泉見が距離を戻す。そのタイミングで回れ右をしようとした青人に、微かな電波通信――――


 受信


「では失礼します」


「ん、気をつけて」


 解析


 ###


(嘘つけええええ! 絶対何かあるでしょ! こちとらあの子の言質取ってるんだから!)


(というか、なーにが"鶴見会長に嘘はつきません"よ……! 余計にその言葉は怪しいわ! 絶対クロよ!)


(あたし知ってるんだから――君がテレパス使いだって事に)


 にこやかな顔から一変、閉められたドアをむすっとして睨み付ける泉見。


 他の生徒会メンバーに気付かれないように器用に出来る辺りが、彼女らしい。


(ふうんだ、あんまり甘く見ないでよ? この"ハマのインタセプター"の力を。今すぐ君も傍受の対象よ)


 腕組みをして爪先で床を鳴らし、密かに宣戦布告。嘘を吐いた後輩に狙いを定める。


『嘘付きは許してあげないから』


 自分が読心されてる事も知らずに。


 ###


 で、そんな新たなテレパス相手からの受信を当の本人はどう感じたかと言うと。


「会長怖ええええ!」


 恐怖でしかなかった。


 ###


「え、そんなに顔怖い? え、ちょっ、え」


 対して、早速届いた声に若干ダメージを受ける泉見だった。

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