第7話 沈黙姫(ぼっち)は喋りたい
そしてこちらは、もう1人の傍受人。
彼女の場合、純潔な異能としてでなく、悪鬼の力を駆使しての「選択肢」の一つ。
あくまでおまけ程度の力。
(はぁ、今日も今日とて情報仕入れないと……)
"沈黙姫"の殻を被る悪の組織員である彼女には、ご存知の通り友達と呼べるクラスメイトが居ないが、例によって、敵対する人類側の情勢や内部事情を把握しておく必要があるため、クラスでは傍受人として振舞う。
断じて、誰が誰を狙ってるとか、告白したとかされたとか、そういう小さなコミュニティでの色恋話に興味がある訳でないのを理解いただきたい。
「聞いて聞いて! 3組の金沢ちゃん1年に告られたんだって!」
「あー、聞いた。でも振ったんでしょ、金沢のやつ」
「えー! 情報回るの早っ! まだ結果聞いてなかったのに!」
などと、自席近くで騒がれても、瀬谷子にとってはただのノイズ。突っ伏した格好でこっそり聞いて「ようやく青春っぽいの感じの会話だ…」とか別に思ってない。
「第一、金沢って本命他校じゃなかったか。放課後に江ノ島高の男子と一緒に歩いて気が」
「えーうそー! それ全然知らない! ちょっと3組特攻して聞いてみるよ!」
「脳筋やめろ。そしてそこにお前のその行動にモテない理由が詰まってるの自覚しろ」
(………っ)
ついでに言うと、クラスメイト2人のやり取りを背中越しに聞いて、なんか楽しそうで羨ましい、とかも思ってない。
そう、だって瀬谷子は無愛想姫、基い、"沈黙姫"である。
その身が普通の人とは異なる仕上がりで人目を惹くとは言え、群がってきたやつらと仲良しこよしするのは、人類の敵対勢力として許されない。
自分にだって潜入員というプライドがある。だから1人でこうやって、やった湧いて出た学生らしい恋愛の話を、聞いてない振りをして耳を立てるのは、間違ってないのだ。これが最善策で、合理的。羨ましいなんて、思ってない。
「モテんのはほら、磯子みたいな感じの女だから。お前も見習え」
(え、なに……いきなり)
そう、いきなり自分の名前を言われて、振り返りそうになるとか、そんなやわじゃ無いのだ。2年目の潜入業、あまり舐めないでほしい。
「せ、瀬谷っちゃんは可愛さがボクらとは段違いだもんー! 比べちゃだめ!」
「慎ましくしろって意味だボクっ子。お前は小学生男子のままJKになってしまった。それが問題だ」
(なかなかに辛辣なツッコミ………)
(でもボクっ子可愛い……日本の財産)
確か、あの2人はどちらも帰宅部だったか。彼方(ボクっ子)は保土ヶ谷、此方(ツッコミ)は花ちゃんと呼ばれていた。
「酷い言われようだ! 花ちゃんこそ慎ましさ無いくせにね! むしろ男らしいくせにね! ――ほら瀬谷っちゃんもそう思ってるよ! ね!」
∑(゚Д゚)ワタシデスカ!
そして、なんか脳筋のボクっ子が話かけられた件について。え、どうしよう。こういう馬鹿なコミュニケーションは初めてだ……。
(まさかの展開)
ひとまず無視してみる
「思ってるってさ!」
ばかこの!
「おい保土ヶ谷。唐突に話題を振るなよ。磯子困ってるから」
「え、あ、ごめん! せ、瀬谷っちゃん、困らせちゃった?」
「……………別に」
なんとか出た言葉。普段声を出さな過ぎて相手に聞こえているか怪しくなって来たが、ここは耐えて振り返らなかった。
「でも……男らしい女の子、好き……日本の財産」
え、と声を漏らしたのは、2人の方である。
まさか、自分たちの話に参加してくれた、と顔を見合わせる。
(あ、あ、あ、)
しかしさっきのノリっ反応してしまった事に頭を抱える瀬谷子。まずい、変に思われるか、と振り返るのを躊躇ったところ、突如どーんと、背中に重みが落ちてきた。
「お、お、男らしい女の子って、花ちゃんの事言ってる!? ダメだよ! 花ちゃんは宿題もやって来ないお昼も奢られるのを期待してる他力本願で、なんと言っても将来働く気ないヒモ系女子の代表格……あだ!」
「他人の背中に乗っかりながらわたしをディスるな。重いから早くどいてやれ」
なんかよく分からん流れで、ボクっ子が瀬谷子の背中に乗っかったようだった。平然とこういうのをするタチなのは何となく知ってたが、まさか自分が対象となるとは。
「…………」
しかし瀬谷子自身、同性とは言えこの学校でスキンシップされたのは初めてかもしれない。
※戦闘であれば反射的に跳ね返していたところである。
(まさかこれ、確信犯……)
だから、そう思ってしまうのも無理はない()。
(色仕掛けか……)
「貧乳助かる」
「あええ!?」
悲鳴を挙げた保土ヶ谷。ボクっ子脳筋女のくせに無駄に長い髪が鬱陶しい。
「胸部の方は慎ましいってか。なるほどオチが付いたじゃん」
「……(草)」
「いやなんでよおおお!!」
コミュニケーションを図って背中から抱き付かれ、ぎゃーぎゃー騒ぐこのクラスメイトたちを、瀬谷子はそろそろ、敵だから、とか思うのをこの時ばかりは辞めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます