第5話 悪の組織員(サイレントレディ)はつらいよ

 午後の授業終わり、人気のない東階段の一階踊り場に向かう瀬谷子。


 そこに座り込む。


 衣替えしたため、半袖のブラウスと少しだけ折ったスカートという涼やかな装いではあるが、気にせず胡座を掻きいた状態で大きく嘆息。


 人の目があれば多少気を使うのだが、それがどうもストレスで、休み時間はこうして1人ならないとやってられない。


 道中の自販機で買ったじゃがいもミルクとかいうケッタイなジュースを飲もうとしたところ、自身のスマホが着信を知らせる。


「う、マハヤ様から……」


 ディスプレイに表示された自身の上司、というより思いっきり最高責任者(ボス)に当たる人物からの直々の通話に、少しばかり緊張して、瀬谷子は応答ボタンをタップした。


「はい。横浜配属……ダミン、です」


 ダミンとは、彼女の本名だ。"ダンス=ダミン"。それが"サイレント"としての瀬谷子の姿。


『ご苦労、ダミン。潜入は順調かね?』


「滞りなく」


『そうか。実は先日品川の事業所から――』


 マハヤからの重々しい口調に背筋を正しつつ、言葉を選びながらも、瀬谷子は業務連絡を一通り行う。

 いつもは直属の上司(部長クラス)くらいにしか状況報告をしないが、現状、全組織的に立て込んでいるらしく、段飛ばしでマハヤからが連絡があったようだ。


『ところで、ダミン。一つ話がある』


 が、その言葉に瀬谷子の表情が固くなる。


「なんでしょう」 


『とても大事な話だ。周囲に人はおらぬ事を確認し、応答してほしい』


 最高責任者からの大事な話。しかもいきなり電話を寄越して、だ。

 これは自分の進退に関わる事もあり得る……思わず唾を飲み込む。


「大丈夫です」


『ふむ。ダミンよ……我々異能者の寿命が短い事は知っておるな』


「存じております」


 異能者、それは突発的に未知の能力に目覚めた者である所以、身体には大きな負荷が掛かる。

 それゆえ、異能者は全体的に短命とされており、特に悪の組織側である者は医療も受けられない。つまるところ、"サイレント"に入った時点で運命はある程度決まってしまう。


『加えて、お前のような幼少の頃から"こちら側"に居る者は、人間の平均寿命の半分程しか生きれぬと言われておる。もちろん、わしも例外ではない……だからこそ』


「……はい」


 声が擦れる瀬谷子。マハヤは何を言うのか、動悸が治らない。


(まさか解雇通告とか……でもそんな唐突な)


 一拍置いてマハヤが言う。


『そろそろ結婚相手を見つけようぞ』


「……え?」


 頭が真っ白になった。へ? 何言ったこのCEO。


『部下の幸せは皆の幸せ。おぬしの年齢であればそうおかしい事でない。伴侶を持ち、理想の家庭を持っての世界征服。それこそ我々"サイレント"のモットー。今なら祝金と諸々の手当てに最適な保険を福利厚生としてご案内できるぞ!』


「は、はぁ……」


 急に饒舌になるマハヤに、唖然としてしまう瀬谷子。当たり前だろう。だっていきなり結婚がどうのこうの言い出すんだもの。混乱もする。


『それに、最近はみな婚期が早かろう。この前も新入りの女性員が籍を入れたと言っていたからな。なんでも、18歳までには子供が欲しいとか』


「へえ…」


『ダミンはまだ独り身であったよな? もし相手がおらぬというのなら、見合いを見繕うのも』


「結構です」


『な、なに!? 結婚願望はないと!』


「いいえ、そういう意味でも、なく……」


『で、では気になってる相手は!』


(なんなの、この興奮ジジイ……)


 内心冷めた目で見つつ、最高責任者が興奮してるのを適当な誤魔化しの言葉を紡ぐ。大事な話だと言うから身構えていたのにとんだ茶番である。

 しかしまあ


(気になってる、相手)


 クラスでの女子陣と言い、このジジイと言いなんなのか。

 確かに、ただでさえ世間は結婚を急ぐ風潮があるし、自分の寿命は短いのは知ってる。

 それゆえ、周りでもそういうのを気にする者も居なくはないが、それに時間を割いている場合でもない。

 だから今まで興味すらなかったのだ。

 しかし、こうなってくると……


「マハヤ様。お心遣い、ありがたいです。しかし、私はこの身を持ち、人類を侵す者。今更誰とも付き合う暇など、ありません。今もこれからも、"サイレント"の悪鬼、それだけです」


『……そうか』


「はい。そう決めてここまで来ましたから」


 もうきっぱりと言うしかなかった。そうしなければ、本来の目的が無くなってしまうのだ。

 伴侶だとか今の自分には必要ない。必要なのは、自分に与えられた使命を全うする気持ちのみ。余計な事に惑わされている暇なんてない。


 そう、はっきりと口にされたマハヤは電話越しながらも、納得した様子が伝わった。『余計なお世話だったか』と、年甲斐もなく興奮してしまったのを苦笑いするように。


(とは言え……)


 何となく髪を弄りながら視線が上を向く。ふむ。結婚とは言わずとも恋愛の味くらい嗜むのは良いかもしらん、と。


(まあ、相手は居ない、けど)


 それはともかく。


(マハヤ様はマハヤ様で、なんだかんだ、ボスなだけある……のかも)


 あまり話して来なかった相手だけど、割と部下を気にするボスの姿に、普通の人間界じゃまずないだろうなと思う。部下思い、というよりお節介なだけかもだが、全く無関心よりは寂しくない気がした。


 電話を切る。改めて周りに人が居ないのだけ確認して、瀬谷子は踊り場を出た。


「戻らないと……って、チャットきた……あれ、マハヤ様」


 ……スマホに映ったやたらおじさんおじさんした痛い文章に結局足を止めてしまったが。


(マハヤ様、もうテレパス使ってください。めんどく……)


 悪態はさすがに、心の中にしまっておいた。


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