第3話 ロマンスの神様、今日もほうれん草(残り物)
「うおおお昼じゃあああ!」
雄々しい叫び声を上げて四限終了のチャイムとともに食堂へと走る野郎ども。
どこのクラスも同様で、この時間帯だけは体育の徒競走ばりの光景が行われるため、食堂に行かない者は基本的に避難の格好を取る。
「「廊下を走るなああああ!!」」
「やべえ鬼の風紀委員(センターバック)だ!!」
「ここから先は3枚でブロックを固められてる……! 誰かオトリで裏抜けの動きしろ! その隙にディフェンスラインの間を突っ切るぞ!」
「そこはハマの陸上部(スピードスター)のオレに任せろ! さあ、試合開始だ!」
「「「特製クリームパンは渡せねえ!」」」
とか、一部の男子が真面目に馬鹿をやってるのを横目に見ながら、学級員は机に突っ伏し倒れた。
(昼飯買うの忘れた……)
親が夜勤のため、いつもは弁当を作るために早起きしてる青人であるが、今日に限っては前日に夏服の準備をしてなかってのが祟り、早く起きられなかった。
反抗期の妹は1人でさっさと出てしまうし、親は床に入っていた時間なので、当然誰も起こしてくれる筈もなく結局ギリギリとなってしまったのだ。
(朝はあんまり食わないから大丈夫だったが、今日はこの後、放課後に学級委員の集まりがある……長丁場になりそうだし、何かしら腹に入れておきたいが)
だが頼みの食堂はあんな感じで近付きにくいし、学校から出で物を買うのは、基本的に禁止。
一生徒ならまだしも、学級委員である手前、教師どもに見つかる訳にはいかない。
(くっ、しかし2限目にテレパス使ったせいで、妙に体力が減ってるな……動く気にもならん)
元異能者はこういう弊害も多い。
大した回数でなくても、抜き打ちテストという集中力が必要な状況に於いて異能を使うのは、やはり体力の減りが違う。
席が近い野球部の彼は漏れなく食堂(せんじょう)に向かってしまったし、乞食をする相手なんぞ、青人には居ない。
どうする。どうすればいい――
(飯が欲しい……飯が、欲しい……)
『めっちゃ、欲しい……』
###
昼時の女子たちは専ら情報戦が繰り広げられている。
スマホ越しに映し出されたトレンドを拡散する者もいれば、推しの最新情報に謎の鳴き声を発する者、この前女子っぽい事して来た云々言い合う近況報告会。
そして――噂話!
腹を満たすよりも寧ろ女子たちはコレがメインである。
誰それが付き合って別れた、告った告られた、そういうのがなによりも大好物。
もちろん、それを出来る相手が居ればの話だが、ともかく、男子たちの知らないところで女たちの情報戦は熾烈を極める。
(…………)
そんな妙に濃い空気が漂い始めた自分のクラスを、瀬谷子は何とも言えない感情で見ていた。
(……今すぐ、出て行きたい)
けど、そうもいかないのが"サイレント"の宿命。ここで何の情報も得ずに姿を消してしまうのは、潜入の意味がない。
現在ティーンの間では何に関心あるのか、何に依存し、何に時間と金を掛けてしまうのか……そういった調査を行うのが主目的なのだから。
嫌でもやらねばまい。
(とか言われても、これって、本当に侵略に役立つの……疑問)
(……とりあえず、ご飯)
しかし悪鬼だろうが異能者だろうが腹は減る。
一人暮らしのため誰も食事は用意してくれないので、大体はコンビニで買った適当な物を食べている瀬谷子。
今日はパスタとおにぎり、あと割引きでついつい買ってしまった菓子パンという組み合わせ。栄養なんぞ知ったこっちゃない、炭水化物で固めたメニューである。
(……改めて見ると、体重がご機嫌になる疑惑)
(ま、襲撃発生すれば嫌でも痩せるし……ここは溜め時)
申し訳程度に干からびたほうれん草が入ったパスタを食べつつ、背中でかしまし女どもの特に生産性の無いやり取りを捕らえる。
(切り替え(スイッチ)――傍受)
瀬谷子は自身の異能を読心(テレパス)から、傍受(インタセプト)へと切り替える。
傍受は、特定の人物の発した声を聞き取る力だ。
これは相手との物理的距離に関係なく、対象者の発言を傍受出来るため、非常に潜入向きの能力。
読心とは異なり、相手を選んで傍受する事が可能。読心は相手を選べないため、基本的にアトランダムな『受信』のみとなる。
瀬谷子は人間化(じゃくたいか)しているため傍受出来るのは発言の一部となってしまうが、このくらいの情報収集であれば問題なく熟せるレベル。早速1人1人の発言に耳を傾けていく。
(同世代のインフルエンサーが結婚………)
(紹介してくれた彼とうまく行ってる……)
ふむふむ、なるほど、と次々に対象を変えて行く瀬谷子。
(彼氏との同棲も長いしそろそろ……)
(ご両親への挨拶緊張する……)
(結婚式の費用気になる……)
(友達のウェインディグドレスが綺麗だった……)
(あー、わたしもそろそろ)
(((早く結婚しなきゃ)))
「え、何このアラサー独り身に攻撃力ありそうな会話………」
思わず声が漏れた瀬谷子。幸い、特に誰にも聞かれてない様子。
ふむ、しかし
このままでは、引き出物を渡す事なくただ集めるだけのコレクターに終始する未来が見え、思わず頭を抱えた瀬谷子。マジでゲロマズな現実。
(そっか……"サイレント"の侵攻のせいで、女子たちは早目の結婚を……)
(私だけ取り残し……マッチポップ感……ある)
(まさに、"悪の組織員はウェンディングドレスの夢を見るか"的な……いや、夢で終わっちゃうの……)
人の話を聞いてだけなのに妙に悲しくなってきた瀬谷子。
別に人類の婚期が早くなろうが悪鬼の彼女には関係ないのだが、こう周りがそれ系の話ばかりしてると、どうも焦りみたいのが出て来た。
そう――今や居住区でも未成年の結婚は増加傾向。とりあえず籍だけ入れておいて卒業後に式を挙げるカップルが多い。
(えー、傾向としては、やっぱ男子はすぐの結婚を望んでないんだ……遊びたいお年頃)
次第に目的が変わって行く瀬谷子。
(交際=結婚前提は重い、重くないの議論勃発……)
(身体だけの関係ありなし……卑猥なあれこれ……)
(もう十代の会話じゃない……ロマンスの神々に見えてきた……ボーイミーツガール)
不思議なもので、何かをしながら物を食べるといつの間にか食べ終わるもので、パスタは既になくなっていた。
残っているのは干からびたほうれん草のカスだけ。
(そっか。私は、この余ったほうれん草……)
よく分からん思考に支配され始めたので、とりあえず傍受をストップする瀬谷子。
彼氏とか旦那とか自分には関係ない……関係ないが正直なところ、候補者ぐらいは居ていいのではないかと思う。
例えば自分にラブレターを送ってきた連中……いや、無い。仮にも結婚前提と言われる交際申込みを文書で何とかしようとか、1番胡散臭い。
次に直接アプローチを掛けてきたやつら……いや、ああいうのは遊び目的。見た目もチャラチャラしてんのばっか。そういうのは夜の街でどうぞ。
となると、自分が好む相手………………いやいやいや、なに乙女モードになってる。
(そもそも……彼女が欲しいかどうかも……怪しい)
特段誰かさんの事を考えてる訳でないが、自然と目が行ってしまうその姿。
……寝ている。あの暴動みたいな食堂組みを気にもせず、机に突っ伏している、彼。
……読心モードに切り替え。
いや、意味なんてないけど。なんかちょっと声が聞きたくなったとか、そういう訳でないけど。
何となくなに考えているのかな、と思っただけで他意は――
『――めっちゃ、欲しい』
「え、……!」
むせた。
欲しい、って言ったのか、今。
(な、何を欲しいって……は! もしや)
(女子たちの会話を、彼もああやって、盗み聞きしてて……こう思ったんだ)
("彼女"が欲しい!)
もしかしてない事実に全然気付かないおめでたい瀬谷子は、何故か勝気な顔をして、彼を見つめた。
そうか。君も一人前に男の子って事か、と。
ふふん、と鼻を鳴らして、なんかテンションが高くなった瀬谷子は、彼に向けてパスタの容器を掲げてこう思った。
『例えば、この残ったほうれん草(自分の事)とかどう?』
###
腹の虫が治ったのは、例によってテレパスされた彼女の声のせいである。
(何故ほうれん草!?)
ただ、新手の八百屋かと思った。
(い、いきなりステーキを勧める店のノリで、クラスメイトにほうれん草勧められたんだが)
(てか、俺でいいんだよな……磯子のやつこっち向いてるし……)
(微妙にニヤつかれてんの気になるけど。そんなに惨めだったか俺)
そもそも、そんな惨めなやつに恵まれる食事が、残りカスのへたったほうれん草一口という時点で色々と気づくべきである。
(あ、分かった。あいつ実はほうれん草むっちゃ好きで、お楽しみは最後に取っておくタイプなんだ)
違う。
(で、それを腹が減って死にそうな俺に見せびらかして、反応したら自分で食べる算段か)
違う。
(だからああやってにやけてんのか。へえ、この歳になっても子供っぽいとこあんな。全く)
何故そうなる。
『はは。そんなの誰も取らねえって』
###
「………笑われた」
……青人のせいで何故か涙で机を濡らす羽目になった瀬谷子であった。
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