第2話 磯子瀬谷子(サイレントプリンセス)は"腐ってる"
自分に異能が宿った時の記憶を、瀬谷子は何となく覚えている。
あれは、まだ小学生の頃、確か満月の夜であった。
自宅周辺が何者かの力により倒壊させられ、目の前で無残な死を経験した。
その時だ。その時に彼女は選ばれたのだ。
この世界を侵そうとする、巨大な魔の力、"サイレント"に――
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「…………っ」
瀬谷子は息を呑んだ。
なんで、なんで自分がこんな目に合わないと行けないのかと、自らの過去を呪った。
なんで、今日に限って――
(抜き打ちテストやる、の……)
"沈黙姫"の面を保ちながらも目の前の英文に冷や汗が垂れそうになる瀬谷子。
学生という毛皮を被り人類の居住区(セーフティ)に紛れ込んで"サイレント"の襲撃を手伝うのには慣れたものだが……こればかりはどうしようもなかった。
瀬谷子は、勉強が出来ない。
だって、学生服(これ)は、偽物だから。
(私、これでも役職ある。最近、手下たちの研修忙しいから、殆ど勉強の復習する時間、無かった……第一、私の将来に英語力不要……)
(あー)
(赤点取ると、襲撃の時間遅れて上司に怒らちゃうの、嫌……なんで人間、こんな無駄な行為で評価決めるの……)
(あ……"沈黙姫"……戻れ戻れ…)
内心葛藤しまくりの瀬谷子であるが、実際のところ、人類に対しては変に下に見ているため、感情を顔に出さないよう頑張ってるだけである。
それを何故か周りは都合良く、"沈黙姫"とか言う謎キャラに設定されてきたため、瀬谷子的にも、使える物は使え、の精神で使っている(ぶっちゃけ満更でもない)感じであった。
なので、一呼吸したら表情変わらぬ姫として、英文問題に手を付けた――が、ダメだった。全然分かんない。
(レッドポイント……)
まだ暗記系の科目ならともかく、応用ありきの科目は基礎学力が足らないため、どうにもならないのが本音。
それもそのはず、瀬谷子は生まれこそ人間であったが、かなり早い段階で"サイレント"の一員となった身。
小学校や中学の前半は特に、"サイレント"として活動に絞っていたために、殆ど勉学に時間を費やしてない。
この高校に入れたのも、裏で手を回しまくった結果だった。
(なによりあれ。勉強出来ない事によって、教師に目を付けられるのがまずい……)
(選択肢問題はどうにかなるにしても、記述問題、これは空欄で出すのは避けるべき)
手をプルプル震わせ、険しい表情になるのを堪える瀬谷子。幸い、周りはテストに集中していて、こちらに気付いていなかった。
(そうだ)
(こっそり、"彼"の声を聞いてみれば良いのでは)
(これは天才的。彼は腐っても学級委員、私より頭良い)
と、良からぬ事を考えた瀬谷子。まるで今さっき思い付いた感じに見えるが、この女、最初からそのつもりである。
(さあ、ここは一つ――)
『君の声を聞かせて』
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集中している時に限って青人はその声を聞いてしまった。
(な、なんだ? 今、"君の声を聞かせて"って)
(ああ、そうか、磯子のやつ、無意識にテストの答えを言ったのか……でも、そんな問題無かった気がするが……)
ふと気になってしまい、問題用紙を改めて見直す青人。いつもはこんな事しないが、彼女の声が聞こえては仕方ない。
(ん? いや待て、問2の"…Oh,Sounds Good! But..."の部分、これの事じゃないか?)
英訳問題に視線が行く青人。
そこにはこう書いてある。
問2 次の英文を訳しなさい。
A:なあブライアン、最近忙しくて疲れが取れないんだ。
B:そうなのかい、ジャック。じゃあ僕がマッサージしようか?
A:良いのか? ありがとう。
では今度お礼に何かするよ。
何が良い?
B:"君の声を聞かせて"
(なんか違う!)
若干怪しい雰囲気の漂う訳になってしまい、頭を抱える。
いくらなんでもこの文章だと教育的にアレなので、間違っているとは思うが……あの姫は何を思ってこんな事を呟いたのか。
(いやいや、今のは別にテストの答えを言ってた訳じゃないんだよな……)
(そうだ、これきっと深い意味なんてない独り言だ。集中してると俺もよくやるし)
(てか、なんかもう英文の男2人がそういう目にしか見えなくなってきたな……)
再度自分の書いた回答を読み返しつつも、青人は1つの結論を思い浮かべる。
(待てよ、こんな会話を磯子が英文で作ってたらとしたら――)
『お前"腐ってる"のか……』
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という嘆きにも似た彼のツッコミは、見事に彼女に刺さっていた。
(なんか人ととして"腐ってる"とか言われた……)
ちょっと意味合いを違えて。
(いや、これは違う……たまたま声を聞こうとしただけ……別に答えをこっそり聞こうなんて思ってない……あ)
(そうか、これあれ。彼は、無意識に英文の答えを心の中で呟いちゃったパターン。やるやる、私もやる)
(つまり今のは、私に対してでなく、ブライアンとジャックに対するもの……そう。彼に私の声が聞こえる訳ない。ふう、危うく勘違いするとこだった)
奇跡的なかけ違いが起きたのを知る由もなく、早速空欄に今の青人の声を入れていく瀬谷子。一体どんなシチュエーションを想定された英文かは知りもせず、何となく英単語的に合いそうなな問3を埋めた。
問3 次の英文を訳しなさい。
A:なあ、ブライアン。キッチンから変な臭いがしないかい?
B:そうかい? あまり気にならないな
A:でも確かに臭いが……あっ
B:どうしたの?
A:"お前……腐ってる……!"
( ゚д゚)
B:う、うそ……だろ……
A:うそなんか言うもんか! 本当の事、なんだよ……!
( ゚д゚)……ナニコレ
A:僕の……せいだ
(;゚Д゚)エエエエェ
A:僕が、あの時……冷蔵庫なんてまだ買わなくていいとか言ったから!
\\٩( 'ω' )و //ヨイショーイ
とか色々思いつつも、時間は刻一刻と進むため、とりあえず空欄を埋めておく瀬谷子。
こんな英文をテストで出す訳ないのだが、そういう教育のラインとかはよく分かっていないため、勢い任せで書き込んでおいた。
(オワタ)
(これ、たぶん、赤点……いや本当――)
『(人として)腐っててごめんなさい』
懺悔にも似た嘆きは、誰の耳にも聞こえなかった。
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「え、やっぱ男同士が……」
彼を除いて。
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